1888年の磐梯山噴火

1888年 磐梯山噴火

1888年（明治21年）7月15日に発生した磐梯山噴火は、山体崩壊を伴う大規模な火山災害でした。この噴火によって小磐梯が消滅し、岩屑なだれ、泥流、火砕サージが発生し、甚大な被害をもたらしました。この災害は、明治以降の近代日本において最も多くの犠牲者を出した火山災害として知られています。

噴火の概要

磐梯山は、福島県中部に位置する成層火山であり、約30万年前から噴火を繰り返してきました。その形成過程では、噴火だけでなく、度重なる山体崩壊も特徴として挙げられます。

1888年7月15日、磐梯山は噴火を起こし、小磐梯の山体崩壊を引き起こしました。この崩壊により、大規模な岩屑なだれが発生し、北麓の集落を埋没させました。岩屑なだれは長瀬川を堰き止め、桧原湖、小野川湖、秋元湖などを形成しました。また、岩屑なだれは泥流化し、長瀬川流域に大きな被害をもたらしました。さらに、東麓では火砕サージによる爆風と土石流も発生しました。これらの複合的な災害により、死者は477名に達しました。

この噴火は、明治維新以降の近代日本で発生した最初の大規模災害であり、日本の火山研究を推進する契機となりました。帝国大学の関谷清景、菊池安による研究は、日本における総合的火山研究の始まりとして評価されています。また、救援活動や報道においても、鉄道や電報、写真などが活用され、近代的な災害対応の先駆けとなりました。

噴火の経過

噴火前の状況

噴火前には、顕著な前兆現象は確認されていません。噴火の一週間前から有感地震が複数回発生していたものの、それ以外の異常は報告されていません。噴火当日の朝7時頃から地震や鳴動が連続して感じられるようになり、7時30分頃に強い地震が発生した後、大音響と共に噴火が始まりました。

噴火と山体崩壊

噴火は午前10時頃には沈静化し始め、同日16時頃にはほぼ終息しました。噴火時、噴煙は最大で大磐梯の3～4倍の高さまで上がったとされています。山麓には火山灰や火山礫が降下し、東南東方向に降灰が確認されました。噴石による被害は少なかったものの、山腹の温泉地は壊滅的な被害を受けました。

小磐梯の山体崩壊は、滑りやすい凝灰岩層をすべり面として発生したと考えられています。この崩壊によって、南北約2キロメートル、東西1.5～2.1キロメートル、深さ100～400メートルの馬蹄型カルデラが形成されました。岩屑なだれは時速約80キロメートルで山麓へ流れ下り、長瀬川とその支流を埋め尽くしました。

泥流と火砕サージ

岩屑なだれは長瀬川の水などを取り込み、泥流化して川上温泉付近から約6キロメートル下流まで流れ下りました。泥流は長瀬川流域に大きな被害をもたらしました。また、磐梯山東麓では火砕サージに伴う爆風と土石流が発生しました。爆風は家屋を倒壊させ、人々を吹き飛ばし、土石流は集落を埋没させました。火砕サージは複数回発生し、山体崩壊の前後に発生したと考えられています。

噴火のメカニズムに関する諸説

1888年の磐梯山噴火については、噴火と山体崩壊のメカニズムについて専門家の間で様々な見解があります。主な説としては、以下のものがあります。

関谷-菊池説

帝国大学の関谷清景と菊池安は、噴火直後に現地調査を行い、小磐梯で発生した水蒸気爆発が山体崩壊を引き起こしたと考えました。この説では、噴火は小磐梯で発生し、東麓の被害は、山体崩壊の二次的な現象と解釈されました。関谷と菊池は、崩壊量を約1.213立方キロメートルと推定しました。

米地の多段階崩壊説

米地文夫は、噴火は小磐梯が段階的に崩壊したと考えました。この説では、噴火開始直後に小規模な崩壊が始まり、その後、大規模な崩壊が起きたとします。米地は、小磐梯は噴火開始後約80～90分後まで残存したとし、崩壊量は0.5～0.6立方キロメートル程度と推定しました。

浜口の複数火口説

Hamaguchiは、噴火は小磐梯だけでなく、沼ノ平と日蔭沢でも発生したと考えました。この説では、噴火は複数の場所で起こり、東麓の被害は、小磐梯の噴火とは別に発生したとします。浜口は、噴火の主体は小磐梯ではなく、沼ノ平直下の熱水溜りであるとしました。

噴火と山体崩壊の規模に関する議論

噴火の規模については、最大級の水蒸気爆発であったとする説と、小規模なものであったとする説が対立しています。山体崩壊の規模についても、関谷-菊池説の約1立方キロメートル、米地説の約0.5立方キロメートル、そして約0.14立方キロメートルという説があり、見解が分かれています。

被害状況

人的被害

この噴火では、477名が死亡しました。これは明治以降の近代日本で最も多い犠牲者を出した火山災害です。死亡者の多くは、岩屑なだれに巻き込まれたり、噴石の直撃を受けたり、泥流や火砕サージに襲われたりして亡くなりました。負傷者は比較的少なく、これは岩屑なだれが噴火開始直後に集落を襲い、逃げる時間がなかったためと考えられています。

噴石などによる被害

噴石による直接的な被害は、山腹の上ノ湯、中ノ湯で発生しました。上ノ湯、下ノ湯は完全に埋没し、中ノ湯も大きな被害を受けました。湯治客や湯守の多くが噴石の直撃で亡くなりました。

岩屑なだれによる被害

岩屑なだれの直撃を受けた檜原村は壊滅的な被害を受けました。雄子沢、細野、秋元原の3集落は飲み込まれ、住民の多くが亡くなりました。檜原本村、小野川も岩屑なだれの被害を受けましたが、直接的な被害を免れた早稲沢を除く全ての集落で人的被害が出ました。

泥流による被害

泥流は長瀬川流域に大きな被害をもたらしました。川上温泉は完全に飲み込まれ、長坂では集落自体は泥流の直撃を免れたものの、住民の約半数が亡くなりました。

火砕サージ、土石流による被害

磐梯山東麓では、火砕サージによる爆風と琵琶沢を流れ下った土石流が被害をもたらしました。見祢集落は土石流の直撃を受けて埋没し、渋谷、白木城などの集落も倒壊しました。これらの集落では、死者は比較的少なかったものの、建物被害が甚大でした。

救援活動と復興支援

救援活動

噴火発生後、福島県は警察職員を現地に派遣し、地元でも警察署員や戸長役場職員が救援活動に当たりました。郡役所が災害対策の中心となり、警察署や戸長役場でも災害対策の担当者が任命されました。天皇からの恩賜金や、日本赤十字社の派遣、ボランティア活動などが行われました。

遺体捜索と負傷者治療

遺体は巡査と人夫がチームを組んで捜索し、身元不明の遺体は仮埋葬されました。負傷者は猪苗代警察分署や小学校に収容され、治療を受けました。当初は医薬品や医療機器が不足していましたが、やがて医師や看護師の派遣が行われ、治療体制が整いました。

炊き出し、避難所設置

住居を失った人々のために炊き出しが行われ、猪苗代町新堀に避難所が開設されました。避難所には、家族を亡くした人や身寄りのない子どもたちが多く入所しました。家を失った人々には、家屋再建費用として小屋掛け費用の補助が行われました。

治安維持

被災地には多くのジャーナリストや学者が集まり、警察や猪苗代町は保安対策を強化しました。長瀬川下流域では、用水不足を巡って水争いが発生し、警察が解散命令を出す事態もありました。

救援活動の費用

救援活動の費用は、備荒儲蓄金や恩賜金、義援金などによって賄われました。

災害報道と義援金

各メディアによる災害報道

磐梯山噴火は、近代日本における最初の大規模災害であり、電報や鉄道、写真といった新しい技術が活用され、新聞や雑誌も速報性を重視した報道を行いました。地元紙の福島新聞が最も詳細な報道を行いましたが、東京の各新聞も特派員を派遣して取材を行い、記事や版画を発表しました。朝日新聞は、連載小説や付録の木版画を掲載し、注目を集めました。

報道、災害支援イベントなどでの映像メディアの活用

読売新聞は、田中智学の紀行文に写真師の吉原秀雄が撮影した写真を掲載し、「磐梯紀行」として連載しました。田中は幻灯会を開催し、吉原が撮影した写真のスライドを使い、噴火の様子を人々に伝え、義援金を募りました。この幻灯会は好評を博し、尾上菊五郎の芝居でも幻灯が活用されました。また、関谷清景も幻灯を用いて磐梯山噴火に関する講演を行いました。

長坂集落の報道被害

泥流で集落の約半数が亡くなった長坂集落は、事実とは異なる報道によって名誉を傷つけられました。新聞では、長坂では若者や壮年者が老人や子どもを見捨てて逃げたという内容の記事が掲載され、長坂の人々は世間から非難を浴びました。この報道被害は、長坂の人々を100年以上苦しめることになりました。

義援金

新聞社や宗教団体、慈善団体などが義援金を募り、総額40918円58銭が集まりました。新聞社を通しての義援金は全体の半分を超え、災害時の募金活動が地域内の相互扶助から、広く社会から寄付を募るという形に変化したことを示しました。

被災者への復興支援

募金の分配

集められた募金は、一時救助金や救済金として被災者に分配されました。一時救助金は一人当たり2円が支給され、救済金は被災状況に応じて等級別に支給されました。募金の一部は、死没者の招魂碑や慰霊碑の建立にも使われました。

国有地の無償貸与と譲渡

住居を失った人々のために、国有地の無償貸与と譲渡が行われました。農商務省は、原野を各戸3町歩まで無償で貸与し、再建や開墾に成功した場合、無償で譲渡する指示を行いました。

地租の減免

地租の減免措置も行われました。まず2か月間暫定的に認められ、その後の状況調査によって5年、7年、10年と減免期間が定められました。

二次災害

湖の形成と集落の水没

岩屑なだれによって長瀬川や支流が堰き止められ、桧原湖、小野川湖、秋元湖などが形成されました。これらの湖は徐々に大きくなり、小野川、檜原本村は水没の危機に立たされました。住民たちは、湖のほとりに新たな集落を形成しました。

集落の移転

小野川、檜原本村の集落は水没の危機に瀕し、住民は移転を余儀なくされました。また、磐梯山東麓の白木城、渋谷の集落も土石流の危険が高まったため、近隣へと移転しました。

長瀬川下流の水害

長瀬川下流では、河道閉塞と新たに形成された湖の存在によって、洪水が頻発しました。内務省は、測量や導水路の設置などを検討しましたが、抜本的な解決には至りませんでした。

湖の利水計画と治水問題の解決

田健治郎は、桧原湖、小野川湖、秋元湖を水力発電に利用することを考えました。その計画に基づいて、各湖に水門や堰堤が設けられ、排水量が調整されるようになり、長瀬川下流の水害は減少しました。また、水力発電所の建設によって、長瀬川の流量が減少し、上流部の浸食が抑制されました。

噴火跡の崩壊

1938年の崩壊

1938年、磐梯山の馬蹄型カルデラの北東端部分で崩壊が発生し、土石流が川上温泉付近を襲い、死者も出ました。この崩壊は、1888年の山体崩壊の崩壊物が再崩壊したものと考えられています。

1954年の崩壊

1954年には、馬蹄型カルデラ壁の南西部が大規模に崩壊し、崩壊物はカルデラ内を埋め、更に遠くまで流れ下りました。この崩壊によって、湯桁山が消滅しました。

復興と観光開発

植林事業

噴火によって荒廃した裏磐梯は、民間人による植林事業によって緑が回復しました。遠藤十次郎らは、中村弥六の指導のもとで植林を行い、裏磐梯の自然を取り戻しました。

国立公園指定と観光開発

磐梯山は、1950年に磐梯朝日国立公園に指定され、観光開発が進みました。道路の整備や宿泊施設の建設が行われ、裏磐梯は東北地方有数の観光地へと発展しました。また、噴火によって形成された地形を利用して、スキー場やその他のスポーツ施設も整備されました。

磐梯山ジオパーク指定

磐梯山の自然環境、歴史文化を観光するジオサイトとしての利用を推進するため、2011年に磐梯山は磐梯山ジオパークとして日本ジオパークに指定されました。現在も、地域活性化と火山防災についての啓発活動が行われています。

脚注

注釈

このテキストでは、1888年の磐梯山噴火に関する詳細な情報を提供しました。噴火の経緯、被害状況、復興支援、そしてその後の観光開発など、多岐にわたる側面からこの災害を考察しました。
噴火のメカニズムや山体崩壊の規模については、諸説が存在し、未だに議論が続いています。
この災害は、日本における災害対応のあり方を大きく変えるきっかけとなりました。
裏磐梯の復興は、地域住民の努力と国の支援によって実現しました。
* 磐梯山は、その歴史と自然の美しさから、ジオパークとしても注目されています。

出典

参考文献の項目に記載

参考文献

多数の参考文献が記載されており、省略いたします。

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