1936年の日本競馬

1936年の日本競馬：変革の年

1936年（昭和11年）は、日本競馬の歴史において極めて重要な転換点となった年です。この年、競馬の運営体制を根本的に見直し、中央集権化を進める大きな動きが具体化しました。特に、「日本競馬会」の設立に向けた議論と法改正が、年間を通じて競馬界の主要なテーマとなりました。

年の初頭から、競馬の統制改善に関する議論が活発化します。1月10日に開催された第6回馬政調査会総会において、畜産局から提案された案の中に「日本競馬会」という名称が初めて登場しました。これは、全国の競馬運営を一つの法人に統合しようという構想を示すものでした。同日、この統制改善について議論するための特別委員会が組織されます。

翌1月11日、特別委員会が開かれ、畜産局長は「日本競馬会」構想の狙いを説明しました。その主な目的は、競馬本来の意義を達成するためには、複数の運営団体を一つにまとめる必要があるというものでした。この提案に対し、中山競馬倶楽部の肥田金一郎委員は賛同を示しましたが、札幌競馬倶楽部の持田謹也委員からは疑問の声も上がりました。その後も、各競馬倶楽部の間で協議が重ねられることになります。

並行して、馬政第2次計画の実施を記念した特別競走が開催されました。1月11日からは日本レース・倶楽部が、3月14日からは京都競馬倶楽部がそれぞれ新年競馬や特別競馬を実施し、特に日本レース・倶楽部の記念競走では2マイルの農林省賞典競走が行われました。こうした動きの中で、競馬の運営体制改革は着実に進み、1月17日の第7回馬政調査会では特別委員会の答申案が可決され、農林大臣に提出されました。

運営に関する細かな改革も進められました。1月25日には、払戻金が購入金額を下回る場合でも元本を払い戻すよう畜産局長から通達が出されました。また、2月6日には新会員の入会を一時的に認めないよう各倶楽部に通達されるなど、組織再編に向けた準備が進められました。

この時期には、特筆すべき出来事もありました。3月11日、京都競馬場で実施された騎手試験において、23歳の斉藤澄子氏が合格を果たしました。しかし、農林省から競走への出場を認められず、残念ながら日本の女性騎手第1号となる機会は幻に終わりました。

競馬法改正の動きは春に本格化します。5月6日、それまで競馬を運営していた11の競馬倶楽部を統合して日本競馬会とするための競馬法中改正法律案が、第69回特別議会に提出されました。この改正競馬法は5月29日に公布され、同年9月20日より施行されることとなりました。これにより、日本競馬会設立に向けた法的な基盤が確立されたのです。

夏の時期には、国の馬政施策に関連する重要な動きがありました。7月4日には馬政局官制が公布され、農林省内に馬政局が設置されました。さらに7月16日には、馬政局長官から各地方長官および各競馬倶楽部に対し、トロッター種が日本の在来馬改良に適さないとして、種牡馬としての使用を控えるよう求める通達が出されました。これは、競走馬の血統管理に対する国の関与を示すものです。また、9月4日には馬産奨励規則と種馬飼養奨励規則が公布され、9月19日には競馬法施行規則が改正されるなど、競馬を取り巻く制度が整備されていきました。

そして年の瀬に向けて、日本競馬会設立が現実のものとなります。11月17日、当時の広田弘毅内閣は改正競馬法に基づき、日本競馬会設立委員を任命しました。12月10日には農林大臣官邸で設立委員会が開催され、日本競馬会の業務規則が定められ、設立認可申請が行われました。同日、農林大臣により日本競馬会の設立が正式に認可されます。これにより、全国の競馬倶楽部は今後1年以内に解散し、その一切の権利義務を新設された日本競馬会が引き継ぐことが決定しました。

同日、農林省は改正競馬法に基づき、日本競馬会の役員および監理官を任命しました。初代理事長には松平頼寿氏、副理事長には安田伊左衛門氏が就任し、新たな体制のもとで日本競馬が運営されていくことになります。

競走面では、この年も多くの名レースが開催されました。特に注目されるのは、4月29日に東京競馬場で行われた第5回東京優駿大競走（現在の日本ダービー）です。このレースはトクマサが制し、伊藤正四郎騎手が騎乗しました。また、中山競馬場では農林省賞典障碍競走が春と秋に開催され、春はジュピターユートピア（騎手：中口儀一郎）、秋はトーナメント（騎手：中野吉太郎）が勝利を収めています。

この年に誕生した馬たちも、後の競馬史に名を刻むことになります。1936年生まれの馬は、1939年のクラシック世代を形成しました。この年には、トキノチカラ、ロツキーモアー、クモハタ、ソールレデイ、マルタケといった後に活躍する競走馬たちが産声を上げています。ゼーアドラー、ロツクパークといった馬もこの年に生まれています。

また、競馬界では新たな人材が誕生し、あるいは惜しまれつつ世を去りました。この年には湯浅三郎氏（4月24日）、奥平真治氏（10月5日）、瀬戸口勉氏（11月3日）、山本正司氏（11月14日）、清水久雄氏（12月23日）といった、後に競馬界で活躍する人物が生まれています。一方、日本競馬会設立に向けた議論にも関与した中山競馬倶楽部理事長の肥田金一郎氏が8月11日に、同じく中山競馬倶楽部理事の岡田小七氏が10月12日に亡くなっています。

1936年は、日本競馬が近代的な中央集権体制へと移行するための大きな一歩を踏み出した、まさに変革の年でした。日本競馬会の設立を軸とした制度改革は、その後の日本競馬の発展に多大な影響を与えることとなります。

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