1939年の航空

1939年は、航空技術の目覚ましい進展と、第二次世界大戦の勃発という歴史的な転換点が重なり合った激動の年となりました。速度記録の更新、長距離飛行の挑戦、そして新たな推進技術を搭載した航空機の登場など、技術的な進歩が顕著に見られた一方で、航空機は戦場の主役としての顔を急速に強めていきました。

技術革新と記録への挑戦

この年、航空機はその性能の限界を押し広げました。2月には、アレックス・ヘンショーがパーシバルミューガルを駆り、イギリスから南アフリカのケープタウンまでをわずか4日10分で結ぶ速度記録を達成。長距離飛行の分野では、ソ連のウラジミール・コキナキとミハイル・ゴディエンコがモスクワからニューヨークへの無着陸飛行を試みましたが、悪天候により惜しくもカナダのミスクー島への着陸を余儀なくされました。しかし、7月末には改造されたイタリアのサヴォイア・マルケッティ SM.75が57時間32分の飛行で12,937kmを飛び、無着陸飛行の世界記録を更新しました。また、ソ連のオルガ・クレピコヴァは、グライダーで746kmという驚異的な世界記録を樹立しています。

速度記録も塗り替えられました。3月にはハンス・ディエタールがハインケル He 100で時速746kmを記録。さらに8月にはフリッツ・ヴェンデルの操縦するメッサーシュミット Me209が時速755kmを叩き出し、この年の最高速度記録を樹立しました。この記録は、レシプロ機による速度記録として長らく破られることがありませんでした。

技術的なブレークスルーとしては、新たな動力源の登場が特筆されます。7月には液体燃料ロケットを動力とするハインケルHe 176が、そして8月には世界初のターボジェット機であるハインケル He 178が、いずれもエーリッヒ・ワルシッツの操縦によって初飛行に成功しました。これらの機体は、その後の航空史に大きな影響を与えることになります。

探検や友好親善のための飛行も行われました。アメリカの動物学者リチャード・アーチボルトは、カタリナ飛行艇でニューギニアを探検した後、南半球を横断して帰国。北半球偏重だったそれまでの世界一周飛行に対し、南半球を含んだ初めての世界一周飛行として注目されました。また、日本の九六式陸上攻撃機を改造した「ニッポン号」は、8月末から約2ヶ月間をかけて世界一周親善飛行を成功させています。

産業と商業航空の動き

航空産業界では再編や独立の動きが見られました。日本では、東京瓦斯電気工業の航空機部門が日立航空機として分離独立。イギリスでは、インペリアル航空と旧ブリティシュ・エアウェイズが合併し、後の巨大航空会社となるBOAC（英国海外航空）が設立されました。商業航空では、パンアメリカン航空がイギリスのサウサンプトンとニューヨークを結ぶ大西洋横断定期便の運航を開始し、国際的な航空ネットワークがさらに発展しました。

戦争への突入と航空機の役割

1939年後半は、航空機が本格的に戦争の道具となることを世界に知らしめる出来事が相次ぎました。9月1日、ドイツがポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が勃発。ドイツ空軍（ルフトヴァッフェ）は、ポーランド軍の防衛網を空爆により破壊する役割を果たし、その後の電撃戦における航空支援の重要性を示しました。9月3日、イギリスとフランスがドイツに宣戦布告すると、航空機はすぐに戦闘に投入されます。ドイツの落下傘部隊がポーランドで実戦に初めて使用され、航空機による部隊輸送と投入という新たな戦術が示されました。また、イギリス軍はドイツの都市に宣伝ビラを投下するため、アームストロング・ホイットワースホイットレイを使用しました。

開戦初期の空中戦も記録されています。9月4日にはイギリス空軍のブリストルブレニムがドイツ艦隊を攻撃。10月8日にはロッキードハドソンがドイツのドルニエ Do 18を撃墜し、これがイギリス空軍にとって最初の撃墜記録となりました。10月16日にはドイツ空軍がイギリス本土の軍艦を初めて攻撃するなど、戦線は拡大していきました。ドイツ空軍はイギリス沿岸での機雷敷設・除去作戦にも航空機を投入。一方で、イギリス空軍のビッカースウェリントンによる昼間爆撃は大きな損害を出したため、その後の運用が見直されることとなりました。11月末にはソビエト空軍がフィンランドへの空襲を開始し、冬戦争が勃発。オーストラリア空軍も最初の部隊をイギリスに派遣し、連合国側として参戦の意思を明確にしました。

航空界の功労者

この年、航空分野で顕著な功績を挙げた個人には様々な賞が贈られました。ハーモン・トロフィーはアレキサンダー・セバスキーとジャクリーン・コクランが、デラボー賞は速度記録を樹立したドイツのフリッツ・ヴェンデルとハンス・ディエタールがそれぞれ受賞しています。

1939年は、航空が高速化、長距離化、そして多様な用途への展開を遂げる技術発展の頂点を迎えつつ、その力が破壊的な戦争の道具としていかに強力であるかを世界に突きつけた、航空史における非常に重要な一年でした。

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