Atari 8ビット・コンピュータ

アタリ8ビット・コンピュータ

概要

アタリ8ビット・コンピュータは、家庭用コンピュータ市場への参入を目指してアタリが開発し、1979年11月に投入された一連の製品群です。中心的な役割を担ったのはモステクノロジー製の6502マイクロプロセッサでしたが、独自のカスタムチップ群（ANTIC、GTIA、POKEY）を搭載することで、同時代の他のコンピュータと比較して優れたグラフィックスやサウンド機能を実現していました。初期のAtari 400および800から始まり、後にはXLおよびXEシリーズへと進化。これらのモデルは内部設計において高い共通性を持っていました。本シリーズは商業的にも大きな成功を収め、最盛期である1979年末から1985年中ごろにかけては200万台以上を売り上げ、シリーズ全体の出荷数は総計400万台に達しました。一時はIBMもアタリから技術供与を受けてホームコンピュータ市場への参入を検討したほどです。

開発の背景と歴史

本シリーズの源流は、1977年後半にリリースされたゲーム機Atari VCS（後のAtari 2600）の後継機開発プロジェクトにあります。アタリの技術チーム「Cyan」は、VCSの寿命を3年と見積もり、1980年頃の市場投入を目指した高性能ゲーム機の設計に着手しました。これは「blue sky」プロジェクトと呼ばれ、VCSの課題を克服し、特にグラフィックスとサウンド性能の向上を目指していました。1978年には、ビデオ用チップCTIA（Color Television Interface Adaptor）などのカスタムチップ開発に力が注がれます。CTIAはVCSのTIAチップを改良したものでした。

この頃、Apple II、コモドールPET、TRS-80といったコンピュータが市場に登場し、ホームコンピュータ革命が始まっていました。当時の親会社ワーナー・コミュニケーションズから来た新CEO、レイ・カサール氏は、開発中のCTIAチップを活かし、ホームコンピュータ市場への参入を決断します。コンピュータとして必要な機能、例えば文字表示能力、周辺機器のための拡張性、BASIC言語、本格的なキーボードなどの実現に向けた調査が開始されました。この文字表示の必要性から、CTIAと連携して画面表示を行うコプロセッサANTICチップが開発されます。CTIAはVCSのTIAと同様にスプライト表示が中心でしたが、ANTICは多様なテキスト・グラフィックスモードを処理でき、両チップの協調動作により柔軟な画面表示が可能となりました。

初期モデル：400と800

アタリは二つのモデルを市場に投入する戦略をとりました。ローエンドの「キャンディ」（ゲーム機志向）と、ハイエンドの「コリーン」（コンピュータ志向）です（これらのコード名はアタリの秘書に由来します）。コリーンはROM/RAM拡張用のスロット、二つ目のカートリッジスロット、ビデオ出力、フルキーボードを備えていたのに対し、キャンディはメンブレンキーボードと一つだけのカートリッジスロットでした。

開発当時の連邦通信委員会（FCC）によるテレビ周波数帯での電磁波漏洩に関する厳しい規制は、アタリの設計に大きな影響を与えました。テレビ信号を内部で生成する本機は、規定遵守のために厳重なシールドが必要となり、部品をネジ止めする堅牢なアルミダイカスト製フレーム構造が採用されました。これは高い頑丈さを実現した一方で、コスト増や製造の複雑化を招きます。また、大きな拡張スロットの設置が難しくなったため、複数の周辺機器をデイジーチェーン接続できる独自のシリアルI/O (SIO) バスが設計されました。これにより周辺機器の接続は容易になったものの、SIO対応のための独自設計が必要となり、結果として周辺機器の価格が高くなる傾向がありました。

ソフトウェア面では、当初Microsoft BASICの移植が検討されましたが、容量の問題から断念され、Shepardson Microsystems社に委託してオリジナルのAtari BASICが開発されました。マシンは1978年11月に400と800として発表されましたが、市場に出たのは1979年11月でした。当初は搭載RAM容量（4Kバイト/8Kバイト）を示していましたが、RAM価格の下落により、最終的な出荷時にはそれぞれ8Kバイトと16Kバイトが標準となり、800は最大48Kバイトまで拡張可能となりました。

設計の改良とXLシリーズ

400および800は堅牢でしたが、その複雑な内部構造とコスト高が課題となりました。また、1980年代初頭のコンピュータと比較すると、ローエンドの400は機能面で見劣りしました。さらに、ホーム/オフィス向けデジタル機器に対するFCCの新たな規制（クラスB）は、より低コストで電磁波シールドを実現できる可能性を示唆していました。

これらの課題に対処するため、1982年に「Sweet 8」（Liz NY）および「Sweet 16」プロジェクトが開始されました。目標は、基本設計は維持しつつ、組み立てやすさと生産コストを改善することでした。単一基板化やより薄いシールドが可能となり、ICチップの進化もこれに寄与しました。CPUに関しても、6502に専用のハルトピンを追加したカスタム版「SALLY」が開発され、後期モデルや後継機、さらにはゲーム機にも採用されました。

Sweetプロジェクトからは当初1000（16KB RAM）と1000X（64KB RAM）という2機種が計画され、ハイエンド機向けには拡張カードスロット（PBI）も設計されました。しかし、1982年後半に実際にリリースされたのは、Sweet 8/16の中間に位置する1200XLの1機種のみでした。64KバイトRAM、自己診断機能、新しいキーボードなどが特徴でしたが、PBIコネクタが筐体に出なかったり、SIOポートの電源供給が変更されたり、ビデオ出力が制限されるなど、いくつかの機能が削られたり改悪されたりしていました。また、新しいOSによるソフトウェア非互換の問題も発生しました。価格も800と同程度だったため販売は振るわず、1983年中に販売停止となりました。

この頃、コンピュータ市場では激しい価格競争が勃発していました。アタリはこれに対抗するため、1200XLをベースにより低コストで製造可能な後継機を開発します。新ICを追加し、製造を極東へ移管することでコスト削減を図りました。1983年夏に600XL（16KB）、800XL（64KB）、1400XL、1450XLDの4機種が発表され、これらはBASICを内蔵しPBI拡張ポートを備えていました。外観は1200XLに似ていましたが奥行きが短縮されています。1400XLと1450XLDはモデムと音声合成機能を内蔵し、1450XLDはフロッピーディスクドライブも内蔵する先進的なモデルでした。

生産上の問題から出荷が遅れ、最盛期である1983年のクリスマス商戦に十分な量を供給できませんでした。しかし、800XLはアタリのコンピュータの中で最も売れた機種となります。同時期のゲーム市場におけるアタリショックの影響もあり、アタリは経営が悪化し、当時の所有者ワーナー・コミュニケーションズはコンピュータ部門の売却を検討するようになります。1400XLや1450XLDを含む他の計画された機種は、生産遅延や後継機種、さらにはゲーム機開発を優先する方針転換により、最終的にキャンセルされました。

トラミエル時代：XEシリーズとXEGS

1984年、コモドールを追われたジャック・トラミエル氏がアタリのコンシューマー部門を買収し、Atari Corporationを設立します。トラミエル体制下で、8ビットコンピュータの最終モデル群となるXEシリーズが登場しました。1985年にAtari STシリーズと同時に発表された65XE（64KB）と130XE（128KB）は、Atari STに似た洗練された外観が特徴です。65XEは800XLの後継にあたりますが、PBIポートは廃止されました。ヨーロッパ版の65XEおよび130XEは、改良された拡張コネクタECI（Enhanced Cartridge Interface）を備えています。130XEは、バンク切り替え機能により128KBのRAMを利用可能でした。後に65XEの筐体に64KBのRAMを搭載した800XEが主に東欧市場向けに投入されました。

ゲーム産業の復興（任天堂のNES/ファミコンによる）に触発され、アタリは1987年にXE Game System (XEGS) をリリースします。これは65XEをベースとしたゲーム機で、キーボード、ジョイスティックなどがバンドルされました。従来の8ビットソフトウェアや周辺機器との互換性がありましたが、マーケティング戦略の課題やソフトウェア供給の不足から販売は振るいませんでした。アタリは1992年1月1日をもって、全ての8ビット・コンピュータの公式サポートを終了しました。

主要なハードウェア

アタリ8ビットコンピュータの核となるのは、メインプロセッサである6502と、表示、サウンド、入出力などを司るカスタムチップ群です。これらはANTIC（表示命令プロセッサ）、CTIA/GTIA（グラフィックス・スプライト制御）、POKEY（サウンド、キーボード、シリアルI/Oなど）で構成されます。これらのカスタムチップは、CPUからメモリ空間にマッピングされたハードウェアレジスタを通じて制御されます。例えば、画面の色はGTIAの特定のレジスタに値を書き込むことで変更できます。また、ANTICが表示データをDMA（Direct Memory Access）で直接メモリから読み込むなど、ハードウェアによる効率的な処理が行われ、当時の他のコンピュータではソフトウェアで行っていたようなスムーススクロールなどがハードウェアで実現できました。

ANTIC: 画面の「背景」やテキスト表示を担当するマイクロプロセッサです。ディスプレイリストと呼ばれる命令群を処理し、表示モード、位置、割り込み、スクロールなどを制御します。DMAによるデータ読み込みを行うため、CPUの負荷を軽減します。テキストとグラフィックスの混在表示や、ユーザー定義文字パターンの利用も容易でした。
CTIA/GTIA: グラフィックスの色彩とスプライト表示を制御するチップです。初期はCTIAが、後期は改良版のGTIAが搭載されました。GTIAはCTIAに加えて色表示モードが追加され、より多くの色を表現できるようになりました。ANTICから受け取った表示情報に、スプライト合成、衝突検出、優先度制御、色・輝度情報を付加し、テレビ信号に変換します。6502のクロックは、ビデオ処理のタイミングに合わせて、NTSCで1.79MHz、PALで1.77MHzに設定されていました。
* POKEY: サウンド生成、キーボード入力、シリアル通信、タイマー、乱数生成、割り込み制御といった多様な機能を集約したチップです。4つの独立したオーディオチャンネルを持ち、それぞれ周波数、ノイズ、音量を細かく設定可能でした。複数のチャンネルを組み合わせて高品質な音を出すことも可能です。その名称は、対応するデバイスである「POtentiometer」（パドルコントローラ）と「KEYboard」に由来します。アタリのアーケードゲームにも広く使われました。

ソフトウェア環境

アタリの8ビットコンピュータは、基本的な入出力やハードウェア制御を行うOS（オペレーティングシステム）をROMに内蔵していました。初期の400/800に搭載されたOS Rev. A/B、XL/XEシリーズでハードウェア変更に対応したOS Rev. 10/11/1/2/3など、複数のバージョンが存在します。XL/XEの新しいOSは一部古いソフトウェアとの非互換を生じたため、互換性を保つための「Translator Disk」も提供されました。また、XLシリーズ以降はBASIC言語処理系であるAtari BASICもROMに内蔵され、電源投入時にOPTIONキーで無効化することも可能でした。

フロッピーディスクを使用するためには、ファイルシステム管理などを担うDOS（Disk Operating System）が必要でした。アタリは独自のAtari DOSを提供し、メニュー方式の操作を採用していました。DOS 1.0から始まり、DOS 2.0S/Dが標準的に使われましたが、非互換なDOS 3.0は普及せず、後に互換性を回復したDOS 2.5が登場しました。XF551ドライブ向けのDOS XEや、サードパーティ製の高機能なSpartaDOS Xなども存在しました。

プログラミング言語環境も豊富で、Atari BASICの他に、アセンブラ、Microsoft BASIC、Turbo Basic XL、C言語（cc65など）、LOGO、LISP、Pascal、Forth、Action!など、多数の処理系が提供されました。

グラフィックス機能

ANTICとGTIAチップの組み合わせにより、アタリの8ビットコンピュータは多様なグラフィックスモードを実現しました。OSやAtari BASICのGRAPHICSコマンドを通じて、解像度や色数の異なる様々なモードを選択できました。例えば、40x24文字表示のテキストモードや、320x192ピクセルのグラフィックスモードなどが標準的に利用可能でした。ANTICがディスプレイリストを処理することで、テキストとグラフィックスを混在させたり、複数のグラフィックスモードを同一画面内に表示させたりすることも可能です。ハードウェア上は最大で水平384ピクセル、垂直240ピクセルまでの表示能力を持っていました。

これらのハードウェア機能を駆使することで、ソフトウェアから標準モードを超える表現も可能でした。例えば、ディスプレイリストの割り込みを利用して、通常よりもはるかに多くのスプライトを表示したり、垂直同期にあわせてハードウェアレジスタの値を変更することで色数を増やしたりといったテクニックがゲームなどで多用されました。また、表示する画面データがメモリ上の任意のアドレスに配置可能だったため、メモリポインタを操作することで、滑らかなハードウェアスクロールや瞬時のページ切り替えが容易に実現できました。

機種のバリエーションと周辺機器

主要な機種としては、初期のAtari 400/800（1979年）、リニューアルされた1200XL（1982年）、コストダウンと機能強化が図られた600XL/800XL（1983年）、最終モデルの65XE/130XE（1985年）、そしてゲーム機仕様のXE Game System（1987年）などがあります。これらの機種は、RAM容量や搭載ポート、内蔵ROMなどが異なりますが、基本的なハードウェアアーキテクチャは共通しています。多数のプロトタイプや計画されながらもキャンセルされた機種も存在しました（1400XL, 1450XLD, 1600XLなど）。

アタリは8ビット・コンピュータシリーズ向けに多様な周辺機器を提供しました。専用カセットレコーダー、5.25インチフロッピーディスクドライブ（単密度・倍密度）、各種プリンター（ドットマトリクス、プロッター、デイジーホイール）、モデムなどがあります。これらの周辺機器は基本的に独自のSIOポートに接続され、デイジーチェーン方式で複数台を接続できました。SIO方式は独自性が高く、これが周辺機器の価格上昇の一因ともなりました。

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