B2FH論文

B2FH論文：元素の起源を解き明かす記念碑

B2FH論文は、元素の起源に関する重要な論文であり、正式名称は「Synthesis of the Elements in Stars」です。この論文は、マーガレット・バービッジ、ジェフリー・バービッジ、ウィリアム・ファウラー、フレッド・ホイルの4名の頭文字を取り、B2FHとして知られています。1955年から1956年にかけてケンブリッジ大学とカリフォルニア工科大学で執筆され、1957年にアメリカ物理学会の学術誌『Reviews of Modern Physics』で発表されました。

この論文は、恒星内元素合成の理論をレビューし、観測データと実験データを用いてそれを裏付けました。特に、鉄よりも重い元素がどのように生成されるのかを明らかにし、宇宙の元素組成比について説明を与えました。これにより、天文学と原子物理学の双方に大きな影響を与えることとなりました。

1957年以前の元素合成理論

B2FH論文が発表される以前、ジョージ・ガモフはビッグバンで全ての元素が合成されたという理論を提唱していました。この理論は、元素構成比が時間経過でほとんど変化しないと示唆する点で、現代のビッグバン元素合成とは異なっていました。一方、ハンス・ベーテとチャールズ・クリッチフィールドは、1938年に陽子-陽子連鎖を発見し、恒星が核融合によって水素をヘリウムに変換することでエネルギーを生成することを示しました。また、カール・フリードリヒ・フォン・ヴァイツゼッカーとベーテは、1938年と1939年にそれぞれCNOサイクルを導き出しました。

これらの発見によって、水素とヘリウムの存在量が完全に変化しないわけではないことが明らかになりましたが、恒星内部での核融合で生じるヘリウムの量は少なく、ビッグバン以降のヘリウムの存在量をわずかに増加させるに過ぎないと考えられていました。そのため、炭素より重い元素の合成は依然として謎のままでした。

フレッド・ホイルは、1946年の論文を皮切りに、1954年の論文で「リチウムより重い元素は全て恒星内で合成される」という仮説を提唱しました。しかし、これらの理論では水素、ヘリウムと極少量のリチウムは恒星内部では生成されないとしており、これは現在「ビッグバン元素合成」として広く受け入れられています。

B2FH論文の概要

B2FH論文は、表向きは恒星内元素合成理論のレビュー論文という形をとっています。しかし、実際にはホイルの研究のレビューにとどまらず、バービッジ夫妻による元素量の観測値やファウラーの実験室での核反応実験結果を統合したものでした。その結果、理論と観測が一致し、ホイルの仮説に強力な証拠が与えられました。

この理論では、元素構成比は宇宙の時間経過とともに進化すると予測されており、この考えは天体分光学によって検証可能でした。元素がそれぞれ異なるスペクトルを持つことから、恒星の大気組成を分光観測で推定できます。これまでの観測結果から、初期の恒星ほど金属量が低い傾向があり、恒星の年齢と金属量の間には強い負の相関関係があることが明らかになっています。

初期の宇宙は、ビッグバン元素合成で生成された軽元素のみで構成されていました。恒星の寿命は初期質量に大きく依存し、質量の大きい星ほど寿命が短く、質量の小さい星ほど寿命が長いことがわかっています。B2FH論文では、恒星が寿命を迎えると星間空間に「重元素」を放出し、そこから新しい星が形成されると主張しています。

B2FH論文は、恒星がどのように重元素を生成するのかという視点から、原子核物理学と天体物理学の重要項目について議論を展開しています。著者たちは、核図表を精査することで、観測された同位体存在比を生成する種々の恒星環境と核反応過程を特定しました。また、鉄より重い元素の生成を説明するために、現在ではp過程、r過程、s過程として知られる原子核反応過程を用いました。これらの重元素とその同位体の存在量は、主要元素に比べて約10万分の1程度とわずかであることから、ホイルが1954年に提唱した「大質量星の燃焼殻内での核融合で生成される」という仮説を裏付けました。

B2FH論文は、恒星の中で自由中性子捕獲が起こることで鉄より重い元素が核合成される現象を包括的に概説・分析しています。ただし、ケイ素からニッケルまでの存在量の多い元素の合成については、当時あまり理解が進んでいませんでした。そのため、B2FHには、マグネシウムからニッケルまでの元素合成に関わる炭素燃焼過程、酸素燃焼過程、ケイ素燃焼過程は含まれていません。既にホイルは1954年の論文で、超新星元素合成がこれらの元素合成の原因である可能性を示唆していました。

論文の執筆

1954年から1955年にかけて、カリフォルニア工科大学に在籍していた原子核物理学者ウィリアム・アルフレッド・ファウラーは、サバティカルを利用してケンブリッジ大学のフレッド・ホイルを訪問しました。ファウラーは、マーガレット・バービッジとジェフリー・バービッジをケンブリッジ大学に招待しました。バービッジ夫妻は、ホイルの仮説を検証するために必要な恒星の存在数について広範な研究成果を発表したばかりでした。4人はケンブリッジにいる間にいくつかのプロジェクトで協力し、ファウラーとホイルは後にB2FHとなるレビューに着手しました。

ファウラーはまだ完成には程遠い状態でカリフォルニア工科大学に戻ることとなり、バービッジ夫妻にカリフォルニアに来るように声をかけました。理論を支持する広範な天体観測結果と実験データが追加された後、1956年にバービッジ夫妻によってカリフォルニア工科大学で初稿が書き上げられました。第一著者のマーガレット・バービッジは、妊娠中に作業の多くを完成させました。

論文の執筆と提出が1956年にカリフォルニア工科大学で行われたことから、ファウラーがグループのリーダーであったと推測する人もいますが、ジェフリー・バービッジはこれは誤解であると述べています。ファウラーは優れた原子核物理学者でしたが、1955年の時点ではまだホイルの理論を学んでいる最中であり、後にファウラー自身がノーベル物理学賞の受賞時にホイルの影響について述べています。バービッジ夫妻もまた、1954年から1955年にケンブリッジ大学でホイルの理論を学びました。2007年にカリフォルニア工科大学で開催されたB2FH出版50周年を記念した会議の中で、ジェフリーは「グループの中にリーダーはおらず、それぞれが相応に貢献した」と述べています。

評価

B2FH論文は、原子核宇宙物理学の分野に科学的な注目を集め、恒星内元素合成の理論を検証し、それを観測的証拠で裏付けることで、天文学者の間でこの理論を確固たるものとしました。

ファウラーは、1983年のノーベル物理学賞をスブラマニアン・チャンドラセカールと共に受賞しましたが、これはB2FHへの貢献が評価されたものであると誤解されることがあります。ノーベル物理学賞の選考委員会は、受賞理由を「宇宙における化学元素の生成にとって重要な原子核反応に関する理論的および実験的研究」としています。ファウラーがノーベル賞を受賞した一方で、ホイルは生涯受賞できませんでした。

ホイルがノーベル物理学賞を受賞できなかった理由について、「ファウラーのB2FHへの貢献にはs過程とr過程の原子核物理学も含まれるが、ホイルもまたs過程とr過程に関する理論的研究でファウラー同様の評価を受けるに値する。ビッグバンに関するホイルの否定的な見解がノーベル賞受賞の妨げになった」と主張する人もいます。

ジェフリー・バービッジは、2008年にホイルがノーベル賞を受賞できなかった理由について、「ホイルはB2FHや他の研究でノーベル賞を受賞すべきだった。自分の私的な書簡に基づいて、彼が除外された主たる理由は、W.A. ファウラーがグループのリーダーであると信じられていたからだと考えている。」と述べています。ジェフリーは、ファウラーがリーダーであったという認識は事実ではないと指摘し、またホイルがB2FHに関わる前に執筆した1946年と1954年の論文について以下のように指摘しています。「ホイルの研究は、発表されたばかりの『アストロフィジカルジャーナル』に掲載されたため、引用数が非常に少なかった。一方、B2FHは定評のある物理学の学術誌である『Reviews of Modern Physics』に掲載された。また、B2FHは執筆当初、プレプリントが原子核物理学コミュニティに広く配布された。ファウラーはそのコミュニティで非常によく知られており、カリフォルニア工科大学には情報を広めるノウハウに長けたニュースビューローがあった。」

2007年には、カリフォルニア州パサデナのカリフォルニア工科大学でB2FH出版50周年を記念した会議が開催され、ジェフリー・バービッジはB2FHの執筆に関して講演を行いました。

参考資料

* アルファ・ベータ・ガンマ理論

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