HD 73344

かに座の空に位置する恒星、HD 73344は、地球からおよそ115光年（約35パーセク）の距離にある天体です。その見かけの等級は約6.9と比較的暗く、肉眼で直接観測することはできません。この星を捉えるには、双眼鏡や小型の望遠鏡が必要となります。このような距離と明るさから計算される絶対等級は約4.2となり、もしこの星が地球から33光年（10パーセク）の距離にあったと仮定すれば、より明るく見えることがわかります。

恒星の特徴

HD 73344は、太陽よりも大きく、質量も大きいF型主系列星に分類されます。中心部では太陽と同様に水素原子核融合によってエネルギーを生み出しており、その表面温度は約6,220 K（摂氏約5,950度）と、太陽より450度近く高温です。これにより、太陽の約1.8倍の明るさで輝いています。大きさは太陽の約1.22倍、質量は約1.20倍と推定されています。興味深いことに、HD 73344は太陽よりもはるかに若い星で、誕生から10億年から20億年程度しか経過していないと考えられています。これは太陽の年齢のわずか5分の1から5分の2に相当します。また、自転速度も太陽よりかなり速く、約9日で一周するのに対し、太陽は約25日かかります。

HD 73344は銀河系内をほぼ円に近い軌道で巡っており、銀河面からの最大高度は約130光年（40パーセク）です。銀河中心からの距離は、軌道上で約22,400光年（6,880パーセク）から約28,800光年（8,840パーセク）の範囲を変動しています。

惑星系

この恒星の周囲には、2024年に存在が確認された3つの太陽系外惑星が見つかっています。これらの惑星は、それぞれ異なる観測手法、すなわち主星の前を通過する際の減光を捉える「トランジット法」、恒星のわずかな揺れから惑星の重力を推測する「ドップラー分光法」、そして恒星の天球上での動きから惑星の存在を検出する「アストロメトリ法」によって発見されました。

HD 73344系に属する惑星の公転周期は、短いもので約2週間、長いものでは16年にも及びます。特に注目すべきは、これらの惑星の軌道面が互いに大きくずれていることです。内側の惑星であるHD 73344 bとcの間には少なくとも20度以上の軌道傾斜角のずれがあり、外側の惑星HD 73344 dも内側惑星の軌道面からずれています。これは、惑星の軌道面が比較的揃っている太陽系の構造とは対照的です。この特異な軌道のずれについては、主に二つの可能性が仮説として提唱されています。一つは、惑星形成初期の原始惑星系円盤自体が歪んでいたという説、もう一つは、過去に複数の巨大惑星が接近遭遇を繰り返し、その重力的な相互作用によって軌道が歪められたという説です。

HD 73344 b

HD 73344 bは、S. Sulisらの研究チームによってトランジット法を用いて最初に発見された、この系で最も内側を公転する惑星です。ミニ・ネプチューンに分類されており、トランジット観測からは地球の約3倍の半径を持つと見積もられています。質量についてはまだ不確定要素が多いものの、地球の3倍程度、最大でも10倍以下と推測されています。この質量と半径の比率から計算される密度は比較的低く、約0.68 g/cm³とされています。この低い密度は、HD 73344 bが水素やヘリウムといった揮発性物質を多く含む大気を持つ可能性を示唆していますが、その正確な組成や性質を明らかにするには、より精密な質量測定を含むさらなる観測が待たれます。

この惑星は主星から非常に近く、平均距離は約0.131天文単位（約1,960万キロメートル）で、これは太陽と水星の間の距離の半分以下にあたります。そのため、約16日という短い周期で主星を一周しています。主星からの強い放射を受けるため、平衡温度は非常に高く、アルベド（反射率）をゼロと仮定した場合で約910 K（摂氏約637度）と推定されています。もし潮汐力によって自転と公転が同期していれば、表面温度はさらに上昇し、約1,066 K（摂氏約793度）にも達すると予測されます。軌道離心率は低いですが、軌道面は主星の自転軸から傾いているとみられています。

HD 73344 c

HD 73344 cは、質量から推測される性質が土星に類似した惑星です。2024年にSulisらによってドップラー分光法で初めてその存在が示唆され、その後別の研究チームによって確認されました。ドップラー分光法による観測からは、少なくとも地球の110倍、すなわち木星の約0.37倍の質量を持つことが明らかになっています。惑星系全体の安定性を考慮すると、その質量は木星の0.7倍を超えないと考えられています。HD 73344 cは主星の手前を通過するトランジットを起こさないため、残念ながら現在のところ正確な半径を測定することはできていません。

この惑星も内側を公転しており、主星からの平均距離は約0.34天文単位と、太陽と水星の距離と同程度です。約66日という比較的短い周期で主星を一周しています。軌道はわずかに楕円（離心率約0.12）ですが、ほぼ円軌道といえます。軌道傾斜角は正確には判明していませんが、30度以上である可能性が高く、内側の惑星bの軌道面とは少なくとも20度以上のずれがあることが示唆されています。アルベドゼロと仮定した場合の平衡温度は約562 K（摂氏約289度）と推定されます。HD 73344 bとcは互いに重力的に強く影響し合っており、その軌道は時間とともにゆっくりと揺れ動く「歳差運動」を起こしていると考えられています。

HD 73344 d

HD 73344 dは、軌道の広さと物理的な性質から、木星に類似した巨大ガス惑星に分類される天体です。この惑星の存在は、複数の天文台による約27年にわたる長期的なドップラー分光観測によって初めて捉えられました。さらに、高精度な位置測定を行う衛星「ヒッパルコス」と「ガイア」によるアストロメトリ観測でもその存在が確認され、この手法を用いた観測からは木星の約2.5倍の質量を持つことが測定されています。

この惑星は、系の中で最も外側を公転しており、主星からの平均距離は約6.7天文単位と、太陽系に当てはめると木星と土星の軌道の間に位置する領域にあたります。主星を一周するのに要する時間は約16年と非常に長いです。

HD 73344系は、3つの多様な惑星が確認されただけでなく、特に惑星軌道面が大きく傾いているという特異な構造を持つことから、惑星系の形成や進化の過程を研究する上で重要な手がかりを提供する天体として、今後の詳細な観測と研究が期待されています。

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