SY-1 (ミサイル)

SY-1対艦ミサイル

SY-1（上游一号）は、中国が開発した初期の主要な対艦ミサイルです。このミサイルは、ソビエト連邦製のP-15 テルミート（NATOコードネーム：SS-N-2 スティックス）の技術を導入し、中国国内でライセンス生産されたものです。西側諸国では、アメリカ国防総省によってCSS-N-1、NATOからは「スクラブブラッシュ」（Scrubbrush）という識別名称が与えられました。

SY-1の開発は、その後の中国における対艦ミサイル技術の礎を築きました。特に、独自の改良が加えられたHY-1（海鷹一号、CSS-C-2 シルクワーム）や、さらに射程や性能を向上させたHY-2（CSS-C-3 シアサッカー、輸出名C-201）といった発展型は、国際的にも広く知られることとなりました。本項では、SY-1およびその系統に属する主要な発展型についても概説します。

開発の経緯

中華人民共和国では、1956年10月に第五研究院を設立し、巡航ミサイル技術の研究開発を本格化させていました。1950年代に入り、ソ連との友好関係が深まる中で、1957年には防衛技術協力に関する協定が締結されます。この協定に基づき、中国は1958年にP-15ミサイルとその製造設備一式をソ連から導入しました。この生産ラインは南昌飛機製造公司に設置され、当時中国でロケット開発を指導していた銭学森博士の協力のもと、技術習得と生産体制の確立が進められました。約2年後の1960年には、P-15のライセンス生産、すなわちSY-1の生産が開始されました。最初の生産型SY-1は、1964年8月に工場試験を無事完了し、1967年8月に量産が承認されました。1960年代後半には、中国人民解放軍海軍に正式に就役し、沿岸防衛や水上艦艇の主要な対艦兵器として配備が進められました。

SY-1の成功に続き、中国は独自の改良型開発にも着手しました。1968年12月には、射程や誘導システムに改良を加えたHY-1（海鷹一号）の試験が成功し、1974年から部隊配備が始まりました。HY-1はさらに発展し、射程が大幅に延伸されたHY-2が登場、1980年代初頭から運用されています。また、SY-1自体も改良が続けられ、射程を延伸したSY-1A（射程95km）が開発されたほか、1990年代には液体燃料から固体燃料ロケットに換装されたSY-2も登場しました。これらの発展型は、中国海軍だけでなく、多くの友好国にも輸出され、国際的な影響力を持つ兵器となりました。

設計と性能

SY-1は、ソ連のP-15を基にしているため、基本的な設計や構造はP-15と共通しています。初期のSY-1やHY-1、HY-2の動力には液体燃料ロケットエンジンが使用されていました。これは、当時の技術水準では比較的高推力を得やすかった反面、燃料注入に時間がかかり即応性に劣るという欠点がありました。この点は後の発展型で改良され、SY-2では固体燃料ロケットモーターが採用され、即応性が向上しました。さらにHY-4では、推進装置にターボジェットエンジンが搭載され、大幅な射程延伸を実現しました。

巡航高度の制御も、SY-1シリーズの改良点の一つです。SY-1では気圧高度計を用いて比較的高い高度を巡航していましたが、敵のレーダーによる早期発見のリスクがありました。このため、SY-1A以降では電波高度計が導入され、より低高度での巡航が可能となりました。これにより、敵の探知を遅らせ、迎撃を困難にする効果が期待されました。例えば、HY-2では巡航高度が約100m、最新型の一つであるHY-2Gでは30-50mという超低空での飛行が可能となっています。

誘導方式については、初期型は慣性誘導と終末レーダー誘導の組み合わせが一般的でしたが、対電波妨害能力の向上や赤外線誘導などのバリエーションも開発されました。

実戦での運用

SY-1とその発展型は、いくつかの紛争で実戦に投入され、その有効性や課題が明らかになりました。

イラン・イラク戦争

1980年代のイラン・イラク戦争では、イランとイラクの両国がSY-1およびHY-1/HY-2系のミサイルを運用し、「タンカー戦争」において重要な役割を果たしました。イランは、購入したシルクワームを用いてペルシャ湾を航行するタンカーやクウェートの施設などを攻撃しました。一方のイラクも、中国から入手したH-6爆撃機にYJ-6（C-601）空対艦ミサイル（これはHY-2の空対艦型に相当します）やシルクワームを搭載し、イラン側のタンカーや商船を攻撃しました。

湾岸戦争

1991年の湾岸戦争でも、イラク軍はHY-2ミサイルを使用しました。特に知られているのは、クウェート沖でアメリカ海軍の戦艦ミズーリを中心とする多国籍軍艦隊に向けて発射された事例です。発射されたミサイルのうち1発は海に落下しましたが、もう1発はイギリス海軍の42型駆逐艦グロスターによって迎撃されました。グロスターはシーダート艦対空ミサイルを2発発射し、飛来するHY-2を撃墜しました。これは、海上での戦闘において、艦対空ミサイルが実戦で対艦ミサイルを撃墜した最初の成功例として記録されています。この迎撃の際、目標を撹乱するために米海軍のミサイルフリゲート「ジャレット」がチャフを発射しましたが、ジャレットのファランクスCIWSがこのチャフをミサイルと誤認し、友軍であるミズーリを誤射するという事故も発生しています。湾岸戦争終結後、イギリス軍はウム・カスルで回収したHY-2ミサイルをイギリス空軍博物館コスフォード館に展示しています。

イラク戦争

2003年のイラク戦争でも、イラク軍はクウェートに向けてシルクワームを発射したとされています。また、国際連合による制裁下にあったにもかかわらず、イラクはC-601やC-611（シルクワームの派生型）のジャイロスコープなどの部品を転用し、「アルサムード2」と呼ばれる短距離弾道ミサイルの開発に利用していたことも判明しています。

採用国

SY-1およびその発展型であるHYシリーズ、輸出型であるC-seriseは、中華人民共和国をはじめ、以下の国々で採用・運用されました。

バングラデシュ
キューバ
エジプト
イラン
イラク
ミャンマー（ビルマ）
北朝鮮（KN-01として知られるミサイルなど）
パキスタン
スーダン
アラブ首長国連邦

SY-1とその系統は、中国の初期ミサイル技術を確立し、対艦戦力を大きく向上させただけでなく、友好国への輸出を通じて国際的な影響力を示しました。これらのミサイルで培われた技術や運用経験は、その後の中国の対艦ミサイル開発、特に現代のYJ-8（鷹撃8）シリーズなどに引き継がれています。

登場作品

SY-1/HY-2系統のミサイルは、その知名度から、いくつかの創作作品にも登場しています。

『征途』：イラク軍のHY-2が、米空母戦闘群への攻撃に使用される描写があります。
『空母いぶき』：牽引式地対艦ミサイル「飛龍2(フェイロンFL2)」として、中国軍が装備する描写があります。これは実質的にHY-2系のミサイルとして描かれています。
* 『戦艦少女R』：ゲーム内に登場する艦艇の装備として、本ミサイルが登場します。

SY-1は、中国の近代兵器開発史において、国外技術の導入から始まり、独自の改良を経て広く運用された、重要な位置を占める兵器システムです。

もう一度検索