TORCH症候群

TORCH症候群

TORCH症候群とは、妊娠中の女性が特定の感染症にかかった際に、母体自身は自覚症状がほとんどないか、ごく軽微な症状で済むにも関わらず、胎児に対しては重大な健康被害、例えば奇形や重篤な先天性感染症を引き起こす可能性のある疾患群を総称する言葉です。この名称は、主に米国で医療従事者が妊娠中に注意すべき重要な感染症を記憶するための頭字語として用いられています。

この頭字語は、以下に挙げる代表的な病原体の英語名の頭文字から構成されています。

T - Toxoplasmosis（トキソプラズマ症）
トキソプラズマという寄生虫による感染症です。十分に加熱されていない肉を食べたり、猫の糞便に触れたりすることで感染する可能性があります。妊娠中に初めて感染すると、胎盤を通じて胎児に感染し、脳の障害や水頭症、網膜炎などの重篤な症状を引き起こすことがあります。

O - Other（その他）
TORCHに含まれる代表的なもの以外の、妊娠中に注意すべき様々な感染症が含まれます。具体的には、B型肝炎ウイルス、パルボウイルスB19（いわゆる「りんご病」の原因ウイルス）、コクサッキーウイルス、EBウイルス、水痘・帯状疱疹ウイルス、そして梅毒などが挙げられます。これらの病原体も、母体では軽症でも胎児や新生児に様々な影響（貧血、心筋炎、肝炎、神経系の障害など）を与える可能性があります。

R - Rubella（風疹）
風疹ウイルスによる感染症です。通常、発熱や発疹、リンパ節の腫れなどを伴いますが、軽症で済むことも少なくありません。しかし、妊娠初期の女性が感染すると、ウイルスが胎盤を通過して胎児に達し、先天性風疹症候群を引き起こすリスクが非常に高くなります。これは、心臓の異常（動脈管開存など）、白内障や緑内障といった眼の障害、そして感音性難聴を特徴とする重篤な疾患です。風疹はワクチンによる予防が可能です。

C - Cytomegalovirus（サイトメガロウイルス感染症）
ヘルペスウイルスの仲間で、多くの人が生涯のうちに一度は感染する一般的なウイルスです。健康な成人では、ほとんどが無症状か、軽い風邪のような症状で済みます。しかし、妊娠中に初めて感染した場合や、過去の感染が再活性化した場合、ウイルスが胎盤を通じて胎児に感染することがあります。先天性サイトメガロウイルス感染症は、胎児期の感染による最も頻度の高い先天性ウイルス感染症であり、重症例では小頭症、脳内石灰化、肝脾腫、血小板減少などが見られ、後遺症として感音性難聴や精神発達遅滞、運動障害などを引き起こす主要な原因の一つとなっています。

* H - Herpes simplex virus（単純ヘルペスウイルス感染症）
口唇ヘルペスや性器ヘルペスの原因となるウイルスです。妊娠中に初感染したり、病変が活動期にある場合、特に分娩時に母体の産道を通じて新生児にウイルスが感染するリスクがあります。新生児ヘルペス感染症は、皮膚や粘膜の病変だけでなく、脳炎や全身播種性の重篤な感染症を引き起こし、予後不良となることも少なくありません。

これらの感染症のうち、T（トキソプラズマ）、O（その他）、R（風疹）は主に妊娠中に胎盤を通じて胎児に感染する「経胎盤感染」の重要な原因となります。また、O（その他）、R（風疹）、C（サイトメガロウイルス）による先天性感染は、特に胎児の感音性難聴を引き起こすことが知られています。

TORCH症候群に含まれる多くの感染症は、母体の症状が軽微であったり非特異的であったりするため、妊娠中に感染が見逃されてしまうケースが少なくありません。この診断の難しさに加え、一部の感染症（特にサイトメガロウイルスやトキソプラズマ）に対する有効な治療法が限られていること、そして感染のスクリーニング体制が必ずしも十分ではないことが、胎児への影響を完全に防ぐ上での課題として指摘されています。

妊娠中の感染を予防し、胎児を保護するためには、これらの感染症についての正しい知識を持つことが重要です。風疹のようにワクチンで予防できる疾患については、妊娠前に予防接種を検討することが強く推奨されます。また、トキソプラズマのように生活上の注意（生肉を避ける、猫の排泄物の処理に注意するなど）でリスクを減らせるものもあります。加えて、定期的な妊婦健診におけるスクリーニング検査や、感染が疑われた場合の早期診断、そして適切な管理が、胎児への影響を最小限に抑える上で不可欠となります。

TORCH症候群に対する認識を高め、妊娠を希望する女性や妊婦さんが適切な情報に基づいた行動をとることが、健やかな妊娠・出産につながる重要な一歩となります。

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