TP-82

TP-82（ТП-82）

TP-82は、ソビエト連邦およびロシア連邦の宇宙飛行士が、宇宙船の着陸後、救助を待つ間のサバイバル活動を支援するために開発され、装備された特殊な複合火器（コンビネーションガン）です。この銃の最大の特徴は、一本の銃で小銃弾と散弾という異なる種類の弾薬を使用できる点にあります。

概要

この銃は、宇宙飛行士がシベリアの広大な原野などへ着陸した後、救助隊が到着するまでの生命維持活動を目的としたサバイバルキット「СОНАЗ（ソノズ）」（正式名称 Носимый аварийный запас、「携帯式緊急備品」を意味するNAZ）の一部として設計されました。

TP-82の主な用途は、狩猟による食料確保、野生動物からの自衛、そして発光信号や音響を用いた遭難信号の発信です。また、付属の鉈（なた）は、サバイバル環境において道を切り拓いたり、薪や簡易シェルター用の木材を確保したりと、野外活動に不可欠な道具として機能します。

銃の基本的な構造は、中折れ式の単発銃です。上部に配置された2本の滑腔銃身は12.5×70mmの散弾（32ゲージ相当）を発射し、下部の施条銃身は5.45×39mmの小銃弾を使用します。特徴的な付属の鉈は、取り外し可能な銃床として機能し、逆三角形のユニークな刀身を持ちます。携帯時は専用の帆布製鞘に収められます。

TP-82は、1986年から2006年までの間、ソビエトおよびロシアの宇宙任務において、宇宙飛行士の標準的な緊急装備品として携行されました。これはソユーズ計画におけるNAZキットの一部でした。しかし、2007年の報道によると、TP-82用の専用弾薬の消費期限が到来し、安全に使用できなくなったため、標準的な緊急装備としての役割を終え、銃本体の携行は中止されました。現在、NAZキットに含まれるのは、鉈として機能する銃床部分のみとなっています。

開発の経緯

本銃の開発は、それまで宇宙飛行士が携行していた通常の拳銃（例：マカロフ PM）が、宇宙船の予期せぬ着陸時にサバイバル装備として不十分であることが露呈した経験が契機となりました。特に、1965年のボスホート2号ミッションで、乗組員が計画外のタイガに着陸し、救助されるまでの2日間を過ごした際の実体験が開発の必要性を強く認識させました。

1979年に技術的な要求仕様がまとめられ、ロシアの著名な兵器メーカーであるトゥーラ造兵廠によって開発が開始されました。当初は3つの異なる設計案が検討されましたが、再突入カプセルに搭載可能な重量とサイズに制約があったため、自動装填式の滑腔銃案は早期に却下されました。1980年には、回転式（リボルバー）と中折れ式三銃身ピストルの試作品が製造され、評価の結果、三銃身ピストルが採用されました。その基本形は1982年に完成し、特許が取得されました。

銃本体の開発と並行して、中央精密機械研究所（TsNIITochMash）では、TP-82に最適な弾薬の研究開発が進められました。最終的に、用途に応じて異なる3種類の弾薬が開発されました。

1983年から1985年にかけて、TP-82は砂漠、極北、森林、海上など、様々な環境下での性能試験および信頼性試験を受けました。これらの試験は夏期と冬期の両方の条件で行われ、雨や猛吹雪といった過酷な状況下でも高い信頼性と有効性を示すことが実証され、合格しました。1986年には「TP-82」として正式に制式化され、同年のユーリイ・ガガーリンによる人類初の宇宙飛行から25周年を記念する際に一般に初公開されました。宇宙への初搭載は1988年のソユーズTM-7ミッションでした。

1990年代初頭までに、TP-82は約100丁が生産されたとされています。2007年以降は前述の通り弾薬の期限切れで使用されなくなりましたが、2019年にはロシアの宇宙開発企業ロスコスモスが、極東のボストチヌイ宇宙基地からの打ち上げが増える方針に伴い、野生動物からの自衛に対応可能な新しい銃の試験を行っていると報じられています。

現在、現役を退いたTP-82は、トゥーラ州立武器博物館など、複数の博物館で展示されており、そのユニークな姿を見ることができます。

性能

TP-82は、極めて過酷な環境下での使用を想定して設計されました。

動作温度範囲: -50 ℃ ～ +50 ℃
湿度: 制限なし
環境耐性: 雨や猛吹雪の中でも使用可能。
耐久性: 宇宙空間への曝露、打ち上げ、再突入を経ても性能の低下はありません。

広範なテストにより、その有効性が確認されています。

滑腔銃身（散弾）: ノウサギ、キツネ、ヤマウズラ、アヒル、ガチョウなど、小型から中型の鳥類・獣類の狩猟に有効でした。
ライフル銃身（小銃弾）: ヘラジカ、イノシシ、ガゼルなど、最大200kg程度の大型獣の狩猟や自衛に有効でした。
信号弾: 期待された基準を十分に満たし、遭難信号として機能しました。

弾薬

TP-82用に開発された専用弾薬は以下の3種類です。

SN-S: 12.5mm信号弾。約8～11秒間、赤い光を発します。СОНАЗキットには通常10発が携帯されました。
SN-D: 12.5mm散弾。有効最大射程は約40mです。СОНАЗキットには通常10発が携帯されました。
SN-P: 5.45mmハンティングカートリッジ。有効最大射程は約200mです。СОНАЗキットには通常11発が携帯されました。

派生型

TP-82の設計思想を基にした派生型として、「ヴェプリ-1（Вепрь-1）」と「ヴェプリ-2（Вепрь-2）」があります。「ヴェプリ」はロシア語で「イノシシ」を意味します。

これらのモデルは、敵の支配地域で撃墜された空軍パイロットのサバイバル用に開発されたものです。静かに食料を確保するため、あるいは一発で仕留める能力が求められたため、TP-82の複合銃というコンセプトが応用されました。しかし、アフガニスタン侵攻後の需要の低下や、民生用として販売するには法律上の規制に適合させる必要があったことなどから、商業的な成功には至りませんでした。

その他

TP-82のようなサバイバル用銃器は、ソ連・ロシアの宇宙開発のユニークな特徴の一つです。アメリカ合衆国の宇宙船は主に海上に着水するため、野生動物に対する自衛の必要性が考慮されず、ビーコンや救命ボートなどが主要なサバイバル装備でした。

中国でも、神舟5号の宇宙飛行士・楊利偉が2003年の着陸時に、中国版ワルサーPPKを改良した「64式手槍」を自衛用に携行していた例があります。

ソ連では、1970年代から80年代にかけて、宇宙空間で反動なく相手の光学機器や目にダメージを与える非殺傷兵器として、フラッシュライト付きレーザーガンの試作も行われていましたが、軍縮の流れの中でプロジェクトは終了しました。TP-82は、これらの構想とは異なり、地球上での生存に特化した、非常に現実的な装備と言えます。

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