やませ

やませ（山背）とは

やませとは、主に東北地方の太平洋側と関東地方で、春から夏（5月から9月）にかけて吹く、冷たく湿った東または北東の風のことです。この風は、寒流である親潮の上を吹き渡ってくるため冷たく、特に水稲を中心に農産物の生育に大きな影響を与えます。やませが続くと、太平洋側沿岸地域では最高気温が20℃程度を越えない日が続くこともあります。

特徴

冷涼な風: 親潮の影響で冷たく湿った空気を運びます。
日照不足: 下層雲や霧、小雨や霧雨を伴うことが多く、日照不足を引き起こします。
冷害: 低温と日照不足により、水稲の作柄不良（冷害）を招きます。

気象学的には、山を越えて吹いてくるフェーン現象とは異なる性質を持ちます。

語源

やませの語源は定かではありませんが、公的な文書に初めて登場したのは1907年4月、盛岡高等農林学校の関豊太郞による片仮名書きの「ヤマセ」とされています。気象学の書籍では、岡田武松が1908年に発刊した気象学講話が最初とされています。

岡田武松は、漢字の「山背」を函館地域を例にした3月に吹く冷涼・乾燥した東風とし、東北地方の湿った冷風を片仮名の「ヤマセ」と区別しました。また、坂倉源次郎の『北海随筆』（1739年）にも、「所（三厩）にて東風をやませと云」と記述されています。

発生メカニズム

やませの発生メカニズムの解明には、気象衛星による観測技術の進歩が必要でした。やませ発生時には、高度約1500mまでの低層大気は低温ですが、それより高い空気は高温であるため、冷涼な空気は脊梁山脈（奥羽山脈など）を越えられず、滞留することで低温が継続します。

このため、やませの影響で夏季の気温が上がらない地域では、ケッペンの気候区分において西岸海洋性気候（Cfb）に属する地点も見られます。一方で、やませの低層大気は山脈に遮られるため、日本海側では脊梁山脈から吹き下ろす風がフェーン現象を引き起こし、日照時間の増加と気温上昇をもたらします。

歴史的には、出羽は豊作、陸奥は凶作という場合もあり、秋田県仙北市に伝わる民謡「生保内節」では、”東風は宝風”と唄われています。ただし、脊梁山脈が低い箇所では冷涼な空気が日本海側にも吹き抜けるため、日本海側でも水稲作柄が悪化する地域があります（山形県庄内平野の最上川流域など）。

農業への影響

やませの影響範囲では、北海道では稲作ではなく、酪農などの牧畜や、ソバ、ジャガイモなどの畑作が中心であるため、やませの影響は比較的少ないです。青森県の太平洋側や三陸海岸も同様に畑作や牧畜が中心で、やませの影響は考慮されています。

関東地方の太平洋岸も畑作・牧畜が中心で、やませの到達頻度も少ないため、冷害は起こりにくいです。最もやませの影響を受けるのは、温暖湿潤気候（Cfa）に属する稲作地である岩手県の北上盆地、宮城県の仙台平野、福島県の浜通り北部です。青森県の津軽平野や福島県中通りも影響を受けることがあります。

現代の東北地方における稲作は、春季にビニールハウスなどで育苗し、気温が上がると露地栽培を行うため、晩春に田植えをします。そして、夏季の高温を利用して収量を確保します。しかし、夏の盛りに出穂・開花時期と重なり、やませが長く続くと日照不足と気温低下で収量が激減し、冷害となります。

江戸時代には、米が産業の中心であり、寒冷な気候であったこと、品種改良が進んでいなかったことなどから、やませの長期化が東北地方の太平洋側に凶作を引き起こしました。この凶作は、東北地方での飢饉だけでなく、三都（江戸・大坂・京都）での米価上昇や打ちこわしを招き、経済が混乱しました。

戦後、冷害に強い品種が開発され、海外からの安価な小麦の輸入によりパン食が普及したことで、飢饉はなくなりました。しかし、高度経済成長期からバブル期にかけて、食味や品質を重視する消費者が増えたため、ブランド米志向が強まり、いもち病に弱いが高品質な品種（コシヒカリなど）が集中して栽培されるようになり、「1993年[[米騒動]]」が発生しました。その後、ササニシキやコシヒカリの栽培は減少し、いもち病耐性を持つひとめぼれやコシヒカリBLの栽培が広がっています。

一方で、稲作にこだわらず、冷涼な気候を利用して、リンドウなどの花卉や、レタスやキャベツなどの高温を好まない作物、根菜類の栽培も行われています。

脚注

卜藏建治、ヤマセ 『農業土木学会誌』 1988年 56巻 6号 p.594-594,a2, doi:10.11408/jjsidre1965.56.6_594
卜蔵建治、山下洋、鈴木哲夫、静止気象衛星「ひまわり」のデータによる冷害気象の研究 農業気象 1982年 37巻 4号 p.309-315 , doi:10.2480/agrmet.37.309
気候学からみたやませ (PDF)
Hatsumi Nishikawa etc, Evidence for SST-Forced Anomalous Winds Revealed from Simultaneous Radiosonde Launches from Three Ships across the Kuroshio Extension Front., doi:10.1175/MWR-D-15-0442.1
冷夏をもたらす「やませ」に新説

関連項目

東北凶作
江戸四大[[飢饉]]
昭和農業恐慌
1993年[[米騒動]]
冷夏
地方風
オホーツク海高気圧

外部リンク

東北地方の春～夏の特徴（仙台管区気象台）
図説：東北の稲作と冷害
朝日新聞掲載「キーワード」の解説『やませ』 - コトバンク
精選版 日本国語大辞典『山背』 - コトバンク
百科事典マイペディア『やませ(山背)』 - コトバンク
* ヤマセ研究会

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