スパルタクス

スパルタクス：奴隷反乱の英雄

スパルタクス（生年不詳 - 紀元前71年）は、共和政ローマ期の剣闘士であり、第三次奴隷戦争、通称「スパルタクスの反乱」の指導者として歴史に名を刻んでいます。

生涯と出自

スパルタクスの出自については、複数の歴史家が異なる見解を示しています。1世紀の歴史家プルタルコスは、トラキアの遊牧民族出身であり、勇敢で知恵があり、温和な性格であったと伝えています。2世紀の歴史家アッピアヌスは、トラキアで生まれ、ローマ軍兵士となった後に捕虜となり、剣闘士として売られたと記しています。また、同じく2世紀のフロルスは、トラキア人傭兵から兵士となり、逃亡して盗賊となり、その後剣闘士になったと述べています。

プルタルコスはスパルタクスの出身を「tū Maidikiū genūs」と記しており、これは従来「遊牧種族」と解釈されていました。しかし、ドイツの歴史学者ツィーグラーは、当時のトラキアに遊牧民は存在せず、この記述はトラキアの部族であるマイドイ族（メディ族）を指すと主張しました。この説に対し、史料の改ざんを指摘する批判も存在します。歴史学者トドロフは、アッピアヌスの記述に基づき、当時ローマに抵抗していたメディ族出身ではなく、同盟関係にあったオデュルサエ族出身説を提唱しました。

19世紀のドイツの歴史家モムゼンは、ボスポラス王国のスパルトキダイ家にスパルタクスと類似した名前が存在することから、王族の子孫である可能性を示唆しましたが、これは単なる名前の類似に過ぎないという批判もあります。

ベッシ族出身説では、スパルタクスはミトリダテス戦争においてポントス王国側の傭兵として参戦し、ローマ軍の捕虜となり、補助兵として従事した後、逃亡したとされています。オデュルサエ族出身説では、同部族がローマと同盟関係にあったため、補助兵になったことは説明できます。メディ族出身説では、メディ族もポントス王ミトリダテス側だったため、スパルタクスもポントス王国の傭兵として戦い、講和後にローマ軍の補助兵となったが逃亡し、盗賊となったとされます。

いずれの説が正しいにせよ、スパルタクスは最終的にローマの奴隷となり、南イタリアのカプアにあった剣闘士養成所に所属しました。トラキア出身のスパルタクスは、トラキア闘士と呼ばれるスタイルの剣闘士であったと推測されていますが、剣闘士としての戦歴については古典史料に詳細な記録はありません。

スパルタクスの生年についても不明ですが、反乱を起こした際には35歳から40歳程度であったと推測する研究者がいる一方で、当時の剣闘士の年齢層から20代の青年であったとする見解も存在します。

プルタルコスは、スパルタクスと同族の女予言者の話を伝えており、彼女はスパルタクスが偉大な力を得るが、最終的には不幸な結末を迎えると予言したとされています。この女予言者はスパルタクスの妻であったとする研究者もいます。

反乱の勃発

紀元前73年、バティアトゥス養成所に所属していた約200人の剣闘士が脱走を計画しました。密告によって計画が露見しましたが、約70人が脱走に成功し、武器を奪って武装化し、ヴェスヴィウス山に立て籠もりました。剣闘士たちは、ガリア人のクリクスス、オエノマウス、そしてスパルタクスを指導者に選びました。古代の歴史家アッピアヌスは、スパルタクスが指導者であり、他の2人はその部下であると述べていますが、リウィウスやオロシウスは3人が同等の指導者であったことを示唆しています。近隣の奴隷たちも反乱軍に加わり、その規模は拡大していきました。

ローマ元老院は、法務官のグラベルとウァリニウスを討伐に派遣しましたが、スパルタクスはこれを撃退しました。数万人に膨れ上がった反乱軍は、南イタリアの都市を略奪・占領し、冬を越しました。紀元前72年になると反乱軍は北上を開始しました。プルタルコスは、反乱軍の目的はアルプスを越えて奴隷たちを故郷へ帰すことであったと述べていますが、アッピアヌスやフロルスはローマへの進軍が目的であったとしています。

アッピアヌスは反乱軍の軍紀が厳正であったことを伝えており、スパルタクスは略奪品を平等に分配し、金銀の個人的な所有を禁じていました。サッルスティウスによると、スパルタクスは無用な暴行や略奪を禁じていたと言われています。

この年、執政官のレントゥルスとゲッリウスが率いるローマ軍団が派遣されましたが、反乱軍の別動隊を率いていたクリクススが戦死。その後、スパルタクスはレントゥルスとゲッリウスの軍団を撃破しました。スパルタクスは、クリクススの弔いとして、捕虜としたローマ兵300人に剣闘士試合を行わせ、彼らを犠牲に捧げました。反乱軍は北イタリアに到達しましたが、アルプス越えを行わず、南イタリアへと反転しました。

反乱の終焉

元老院はレントゥルスとゲッリウスから軍権を剥奪し、新たに法務官に選出されたクラッススに反乱鎮圧を委ねました。紀元前71年、スパルタクスの反乱軍は一度はクラッススの軍団を撃破しましたが、やがてイタリア半島最南端のカラブリア地方にまで追い込まれました。シチリアへの奴隷反乱の拡大を目論み、海賊に渡航契約をしましたが、海賊は約束を破りました。クラッススは包囲網を狭めて長城を築き、反乱軍の補給を絶ちました。スパルタクスは長城を強行突破しましたが、ガンニクスとカストゥスの別動隊が殲滅されました。スパルタクスは追撃してきたローマ軍を撃破しましたが、兵士たちの傲慢な態度を憂慮しました。故郷のトラキアでの反ローマ闘争が鎮圧され、マケドニアからルクッルスの軍団が到着したことを知ったスパルタクスは、クラッスス軍との決戦を決意しました。

最後の戦いの場所は不明確ですが、シラルス川の戦いと呼ばれています。プルタルコスによると、スパルタクスは決戦を前に馬を斬り捨て、「勝てば馬は手に入る。負ければもう必要ない」と言い放ちました。スパルタクスはクラッススを狙いましたが、かなわず、小隊長2人を殺害しました。アッピアヌスは、スパルタクスが敵に囲まれながらも戦い続けたと伝えています。フロルスは、スパルタクスを勇敢に戦った将軍と評しています。スパルタクスの遺体は発見されませんでした。

リウィウスによると、この戦いで反乱軍側は6万人が殺害され、クラッススは捕虜6千人をアッピア街道沿いに磔にしました。この反乱以降、ローマで大規模な奴隷反乱は起こりませんでした。

後世の評価

小プリニウスは、ローマ社会の退廃を嘆く中で、スパルタクスの軍中での金銀の私有を禁じたことを称賛しました。フロンティヌスは、スパルタクスの戦術を高く評価しました。

スパルタクスは、古代ローマ人からは敵と見なされ、中世には忘れ去られましたが、18世紀の啓蒙主義時代以降に再評価され、カール・マルクスをはじめとする社会主義者・共産主義者から高く評価されるようになりました。

スパルタクスを題材とした作品

スパルタクスは、小説、漫画、バレエ、映画、テレビドラマ、音楽、ミュージカルなど、様々なジャンルで題材とされています。

小説：ハワード・ファスト著『スパルタクス』、佐藤賢一著『剣闘士スパルタクス』など
漫画：川田『反逆せよ』
バレエ：アラム・ハチャトゥリアン作曲『スパルタクス』
映画：リカルド・フレーダ監督『剣闘士スパルタカス』、スタンリー・キューブリック監督『スパルタカス』など
テレビドラマ：『スパルタカス』シリーズ

参考文献

プルタルコス著、村川堅太郎訳『プルタルコス英雄伝（下）』
土井正興『スパルタクスの蜂起古代ローマの奴隷戦争』
土井正興『スパルタクス反乱論序説』
土井正興『スパルタクスとイタリア奴隷戦争』
本村凌二『帝国を魅せる剣闘士―血と汗のローマ社会史』
ステファン・ウィズダム著、斎藤潤子訳『グラディエイター―古代ローマ剣闘士の世界』
Fields, Nic (2009). Spartacus and the Slave War 73-71 BC: A gladiator rebels against Rome.