剣闘士

剣闘士とは

剣闘士（グラディアートル）は、古代ローマにおいて、見世物として剣闘技で戦った剣士のことです。彼らの名前は、ローマ軍団の主要な武器でもあった「グラディウス」という剣に由来します。剣闘士は、円形闘技場（アンフィテアトルム）で剣闘士同士や猛獣と戦い、時には模擬海戦も行いました。闘技会は、キリスト教の影響で衰退し、404年に閉鎖されましたが、その後も各地で行われ、681年に公式に禁止され消滅しました。

歴史

剣闘士の起源は定かではありませんが、有力な説はカンパニア地方起源説です。紀元前4世紀のパエストゥムの墓の壁画には、剣闘士の姿が描かれています。歴史家リウィウスは、カンパニア人がサムニウム人を剣闘士として戦わせていたと述べています。紀元前1世紀頃には、南イタリアが剣闘士興行の盛んな地域でした。

記録に残る最古の剣闘士試合は、紀元前264年にマルクス・ユニウス・ブルトゥスとデキムス・ユニウス・ペラの兄弟が、父の葬儀の際にボアリウム広場で行ったものです。その後、追悼闘技会（ムヌース）が広まり、農神サトゥルナリアの祭でも行われるようになりました。紀元前2世紀には、円形闘技場が建設されるようになり、都市ローマでの闘技会はフォルム・ローマーヌムで行われるようになりました。

追悼闘技会は、やがて見世物となり、政治家のプロパガンダの場と化しました。民衆は闘技会に熱狂し、政治家に開催を要求するようになりました。このため、闘技会が派手になりすぎるとの危惧から、開催日数や剣闘士数の規制が設けられましたが、守られず、公職選挙と闘技会の結びつきは帝政初期頃まで続きました。

ローマの領土拡大に伴い、戦争捕虜が剣闘士にさせられました。紀元前2世紀にはガリア闘士とサムニウム闘士、紀元前1世紀にはトラキア闘士が登場しました。紀元前73年には、カプアの剣闘士スパルタクスが奴隷蜂起を起こし、反乱軍はローマ兵捕虜に剣闘士試合を強いました。反乱は鎮圧されましたが、ユリウス・カエサルは闘技会を政治プロパガンダとして活用し、大規模な闘技会や模擬海戦を催しました。

初代皇帝アウグストゥスは、在位中に8度の闘技会を主催し、1万人の剣闘士を戦わせました。その後、皇帝によって闘技会の開催頻度は変動しましたが、民衆は闘技会を強く望みました。80年には、コロッセウムが完成し、大規模な闘技会が開催されました。ドミティアヌス帝時代以降、都市ローマでの闘技会は役人の管理官が行うようになり、4つの帝国養成所が開設されました。

闘技会は、長らくローマで最も人気のある娯楽でしたが、キリスト教会はこれに批判的でした。380年にキリスト教がローマ帝国の国教となると、教会は剣闘士や訓練士を洗礼を受ける資格がないとしました。404年には、闘技場で試合を止めるよう呼びかけた修道士が殺害され、西ローマ皇帝ホノリウスは闘技場を閉鎖させました。その後、闘技会は徐々に衰退し、681年に正式に禁止されました。

剣闘士興行の衰退は、キリスト教の影響に加えて、試合の過激化により観客が魅力を感じなくなったことも原因として指摘されています。

徴募・養成・社会的地位

剣闘士になる者の多くは、戦争捕虜や奴隷市場で買い集められた者たちでした。また、自由民が志願するケースや、犯罪者が剣闘士として送られることもありました。剣闘士は、勝ち続ければ富と名声を得ることができましたが、ローマ人からは蔑まれ、社会的地位は低いものでした。彼らは、興行師が所有する剣闘士団に所属し、養成所で訓練を受けました。養成所には、訓練士や医師、マッサージ師などがいました。

訓練は厳しく、木製の剣で練習したり、藁人形を相手に殴りかかる練習をしたりしました。訓練についていけない者には罰が与えられ、自殺する者もいました。訓練生は、夜は宿舎に閉じ込められましたが、食事は滋養のあるものが与えられました。

訓練を終えた剣闘士は、俊敏さ、強さ、体格に応じて、様々なスタイルに分けられました。剣闘士は、各地の闘技場を巡業し、戦いました。試合は、観客が楽しめるようにマッチングされました。剣闘士の墓からは、彼らの骨ミネラル値が異常に高く、強い筋肉と骨が作られていたことが分かっています。また、多くの剣闘士が菜食主義の食事を摂っていたことも分かっています。試合では、必ずしも死ぬまで戦わされるわけではなく、観客が満足すれば助命されることもありました。

引退した剣闘士は、興行師や訓練士になったり、自由の身になったりしました。剣闘士には、「訓練士」、「ルディアリウス」、「パロス」、「ウェテラヌス」、そして試合未経験の「訓練生」という称号がありました。剣闘士は、競技場で観衆の喝采を浴びましたが、解放されてもローマ市民にはなれず、自由民の中でも最低の身分しか与えられませんでした。

戦闘のプロである剣闘士は、新兵訓練の教官として雇われることもありました。また、内戦時には、剣闘士で構成された部隊が編成されることもありました。共和政期には下層階級が剣闘士になることが多かったですが、帝政期には騎士階級や元老院階級の者も出場するようになりました。

闘技会

闘技会は、皇帝や政治家、地方の名望家が主催し、多額の費用がかかりましたが、切符は無料で市民に配られました。民衆は無料で観戦できることを強く要求しました。闘技会の規模は様々で、試合数は数組から数百組までありました。

闘技会は早朝から開催され、剣闘士の入場式から始まりました。午前中は、野獣狩り（ウェーナーティオー）が行われ、猛獣や珍獣が闘技場に放たれました。午後には、罪人が処刑されたり、剣闘士と戦わされたりしました。罪人の処刑が終わると、剣闘士の試合が始まりました。

試合は、相手を無力化するまで続き、降伏も認められていました。試合の敗者は、観客が助命か処刑かを選択できました。勝利者には、シュロの小枝や月桂冠が与えられました。闘技会は、市民にとって大きな娯楽であり、熱狂的な支持を集めました。

共和政時代には「助命なし」の試合もありましたが、初代皇帝アウグストゥスはこれを禁止しました。しかし、闘技会は再び過激化し、3世紀には、試合の敗者がほぼ殺害されるようになりました。主催者の趣向によっては、変則的な試合や模擬海戦も行われました。剣闘士は、年に数回試合を行い、約20戦を経験するまでに死ぬか引退したと推定されています。

評価

共和政末期の政治家キケロは、剣闘士試合を「残酷で非人道的だが、苦痛や死に慣れさせる訓練として効果的」と評価しました。帝政初期の政治家セネカは、闘技会を「人をいっそう非人間的にさせる」と批判しました。啓蒙主義思想家モンテスキューは、剣闘士試合によって「ローマ人に残虐性をおびさせた」と評価しました。

剣闘士の学術的な研究は、19世紀後半から始まり、20世紀後半には、社会学や文化人類学の手法も取り入れられ、剣闘士闘技を通じた古代ローマ人の感情や認識を考察する研究も行われるようになりました。

現代では、「他人の不幸を喜ぶ気持ち」を「Roman Holiday」と表現しますが、これは剣闘士の試合が休日に行われていたことに由来します。

種類

剣闘士は、様々な種類に分類されました。一対一で戦う剣闘士の主な種類は以下の5つです。

トラキア闘士：小さな盾と曲刀で戦う
サムニウム闘士：大きな盾と短剣で戦う
網闘士：網と三叉槍で戦う
魚兜闘士：ガレア（兜）と剣で戦う
追撃闘士：剣と長方形の盾で戦う

他にも、様々な種類の剣闘士が存在しました。

現代

かつて闘技場があった地域では、ローマ時代の祭りの一環として剣闘士試合が再現されています。特に、カルヌントゥムでは、剣闘士養成所を再現した建物も整備されています。また、2015年には、コロッセウムの猛獣用エレベーターが修復されました。

養成所

古代ローマ帝国時代には、多くの剣闘士養成所が存在しましたが、現在はほとんどが失われています。代表的なものとしては、ルドゥス・マグヌスとルドゥス・ダキクスがありました。

作品

剣闘士は、小説や映画、テレビドラマ、漫画、ゲームなど、様々な作品で題材とされてきました。有名な作品としては、以下のようなものがあります。

小説：『ポンペイ最後の日』
映画：『グラディエーター』、『スパルタカス』、『ポンペイ』
テレビドラマ：『スパルタカス』
漫画：『ウィルトゥース』、『我が名はネロ』、『拳闘暗黒伝セスタス』
ゲーム：『シャドウ オブ ローマ』、『グラディエーター ロード トゥー フリーダム』

脚注

注釈

出典

参考文献

Smith, William (1875). A Dictionary of Greek and Roman Antiquities - \"Gladiatores\". London: John Murray. https://penelope.uchicago.edu/Thayer/E/Roman/Texts/secondary/SMIGRA/Gladiatores.html
土井正興『スパルタクスの蜂起 古代ローマの奴隷戦争』青木書店、1973年。
土井正興『スパルタクスの蜂起 古代ローマの奴隷戦争』青木書店、1985年3月。ISBN 978-4-2507-3026-9。
土井正興『新版 スパルタクスの蜂起 古代ローマの奴隷戦争』（新版）青木書店、1988年3月。ISBN 978-4-2508-8007-0。
ステファン・ウィズダム『グラディエイター 古代ローマ剣闘士の世界』アンガス・マックブライド 彩色画、斎藤潤子 訳、新紀元社〈オスプレイ戦史シリーズ〉、2002年6月。ISBN 978-4-7753-0090-9。
梶田知志「剣闘士闘技(munera gladiatoria)研究百年史:政治・文化史から社会・心性史へ」『早稲田大学大学院文学研究科紀要. 第4分冊』第52巻、早稲田大学大学院文学研究科、2007年2月28日、21-29頁、hdl:2065/27672、ISSN 1341-7541、NAID 120000785828。
Fields, Nic (2009). Spartacus and the Slave War 73-71 BC: A gladiator rebels against Rome. Osprey Publishing. ISBN 978-1-8460-3353-7
ヴィッキー・レオン『図説 古代仕事大全』本村凌二 監修、原書房、2009年10月30日。ISBN 978-4-5620-4525-9。
梶田知志「Homo Pugnans:墓碑銘に見る剣闘士(gladiator)の生と死 (シンポジウム 地中海地域の碑文文化:碑文はどこまで歴史を語れるか?)」『地中海研究所紀要』第7巻、早稲田大学地中海研究所、2009年3月、31-44頁、hdl:2065/37401、ISSN 13482076、NAID 40016584367。
本村凌二『帝国を魅せる剣闘士―血と汗のローマ社会史』山川出版社〈歴史のフロンティア〉、2011年。ISBN 978-4-6344-8221-0。

関連文献

本村凌二『教養としての「ローマ史」の読み方』PHP研究所、2018年3月20日。ISBN 978-4-5698-3780-2。

関連項目

剣闘士の入場 - ユリウス・フチークが作曲した行進曲。
闘士
闘牛
馬上槍試合
マントファスマ - 昆虫の一種で、一般にグラディエーターとも呼ばれる。
グラディアトゥール - 19世紀の競走馬。フランスの国民的英雄。名はフランス語で剣闘士の意。
アンドレア・タフィ - il Gladiatore（イタリア語で剣闘士）の異名を持つ元自転車競技選手
パンとサーカス - 詩人ユウェナリスが古代ローマ社会の世相を揶揄して詩篇中で使用した表現。この場合、サーカスが剣闘士の試合を指す。

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