ハリモグラ

ハリモグラ（Tachyglossus aculeatus）

ハリモグラは、単孔目ハリモグラ科ハリモグラ属に分類される哺乳類です。この属には本種のみが含まれます。背面全体を覆う鋭いトゲと、細長く特化した吻（ふん）や舌を用いて、主食であるアリやシロアリを効率的に捕獲する独特な生態を持っています。カモノハシやミユビハリモグラ属といった現存する他の単孔類と同様に、哺乳類でありながら卵を産み、孵化した幼獣は母親の腹部に一時的に形成される育児嚢の中で母乳を与えられて育ちます。英語ではエキドナ（Echidna）と呼ばれています。

生息地と分布

主にオーストラリア大陸（中央部や北西部の乾燥地帯を除く）、タスマニア島、およびニューギニア島南東部に分布しています。岩場、森林、山間部、砂地など、非常に多様な環境に適応して生息しており、特に餌となるアリやシロアリが豊富に存在する場所であれば、環境を選ばずに生息できるとされています。オーストラリアのニューサウスウェールズ州にあるシドニーが模式産地として知られています。

形態的特徴

成体の体長は約30〜45センチメートル、体重は2〜8キログラムに達します。吻の長さは約7.5センチメートルで、首が外から見えないため、頭部が胴体に直接つながっているように見えます。耳介を持たず、耳の穴は頭部の側面に位置しています。小さな目は吻の根元にあり、鼻の穴と口は吻の先端にあります。口はわずか5ミリメートル程度しか開きません。

体は顔、腹部、脚を除いて、クリーム色をした最大5センチメートルの鋭いトゲで覆われています。このトゲは体毛が変形したもので、主に硬いケラチン質で構成されており、1年に1度生え替わります。それぞれのトゲは独立した筋肉によって個別に動かすことが可能です。トゲの間や腹部、尾には体毛が生えており、これは断熱材の役割を果たします。体毛やトゲの色合いは生息地によって異なります。

体温は通常30〜32℃ですが、5℃近くまで低下すると不活発になったり冬眠したりします。汗腺がなく、体温を下げるために呼吸を荒くすることもないため、暑さを避けるためにシェルターに隠れる習性があります。秋から冬にかけて不活性化または冬眠を行いますが、季節に関わらず極端な暑さや寒さでも活動が鈍くなります。

生理的な適応力も高く、例えば穴の中で空気中の二酸化炭素濃度が高くなっても生存できます。耳は地面の下のアリやシロアリの動きを感知する低周波を聞き取ることができ、吻の先端にある鼻は周囲の情報を集めるセンサーとしての役割も果たします。嗅覚も非常に優れており、仲間や捕食者を探す際に利用されます。視覚能力もネズミと同程度で、視神経も発達しています。脳と中枢神経系は、有胎盤類との比較研究の対象となっており、体の大きさに対して比較的大きな前頭前皮質を持ち、レム睡眠をとることが知られています。

四肢は短く頑丈な爪を備えており、土を素早く掘るのに適しています。特に後足の第2指と第3指の爪は長く曲がっており、「グルーミング・クロー」と呼ばれ、トゲの間の毛繕いに使われます。

オスは後肢に毒腺に関連する蹴爪を持ちますが、カモノハシのオスと異なり、毒を出して武器として使うことはなく、むしろ繁殖期にメスを誘引するための化学物質を放出する役割があると考えられています。

独特な採食方法を可能にするため、顔、顎、舌の筋肉構造も特化しています。口は小さく5ミリメートル程度しか開きませんが、舌は非常に長く、吻から最大18センチメートルほども伸ばすことができます。粘着性のある唾液で覆われた舌は、血流によって硬化させることで、木や土の中にも差し込むことができます。舌の動きは非常に速く、1分間に100回以上も出し入れ可能です。また、摂取したアリやシロアリの外骨格や土を効率よく粉砕するために、腸が非常に長く、成獣では約3.4メートルにもなります。

体を覆う皮筋も発達しており、この筋肉を収縮させることで様々な形に変化させることができます。特に危険を感じた際には、体をボールのように丸めて柔らかい腹部を保護し、鋭いトゲで身を守ります。また、他の動物に比べて体長に対する脊髄が短く、胸腔を広く保つ構造になっています。

オスは先端が4つに分かれた特殊な陰茎を持っています。メスは繁殖期が近づくと、腹部の皮膚と筋肉が伸びて一時的な袋状の育児嚢（孵卵嚢）を形成し、その内部に乳腺が発達します。性染色体もユニークで、メスはXXXXXXXXXX（5対）ですが、オスはXYXYXYXYX（4対と1つ）という特殊な構成をしています。

分類と亜種

ハリモグラは1792年にジョージ・ショーによって初めて学術的に記載されました。当初は南米のアリクイに近いと考えられ、Myrmecophaga aculeataという学名が与えられましたが、その後の研究で単孔類であることが明らかになり、学名もTachyglossus aculeatusへと変更されました。属名のTachyglossusは「速い舌」を意味し、採餌時の素早い舌の動きに由来します。種小名のaculeatusは「トゲのある」という意味です。

地理的に分布が異なる5つの亜種が確認されており、それぞれ体毛の量やトゲの長さ・幅、後足のグルーミング・クローの大きさなどに違いが見られます。

生態と行動

ハリモグラは単独で生活し、広範囲の行動圏を持ちますが、育児のための巣穴を除いて特定のシェルターや縄張りは持ちません。主に薄明薄暮性ですが、気温に応じて活動パターンが変化し、暑い時期は夜行性、寒い時期は昼行性になる傾向があります。ただし、暑さには弱いため、高温時にはシェルターに退避します。寒冷地では冬眠します。危険が迫ると、体を丸めたり、素早く地面に掘り潜ってトゲだけを地表に出したり、岩の隙間などに逃げ込んで四肢を踏ん張りトゲを逆立てたりして身を守ります。素早く走ったり、木に登ったりすることもできます。

餌を探す際には、吻で落ち葉や地面を掘り返します。アリやシロアリの巣を見つけると、吻や前肢で破壊し、中の獲物を長い舌で舐めとります。強力な爪を使って穴を掘る能力は、餌探しだけでなく、シェルター作りや危険からの逃避行動にも役立てられます。

繁殖と子育て

ハリモグラは単独性ですが、繁殖期には相手を探します。繁殖期は地域によって異なり、オーストラリア大陸では主に6月から8月、タスマニア島では6月末から9月にかけて交尾が行われます。繁殖期には、メスが総排泄孔から独特の匂いを発してオスを誘引すると考えられています。時には複数のオスが1頭のメスを追跡する「求愛列車」と呼ばれる行動が見られ、最大で10頭ほどのオスが数週間メスを追いかけることもあります。

交尾は腹部と腹部を合わせた体勢で行われます。オスの特殊な4分岐した陰茎は、射精時にその半分を閉じ、交互に使用するとされています。メスは繁殖期に一度だけ交尾し、成功すると約21〜28日間の妊娠期間を経て1個の卵を産みます。メスはこの間に育児用の巣穴を掘ります。

直径14〜16ミリメートルの卵は、メスが腹部に発達させた育児嚢の中に産み落とされます。産卵時には仰向けの姿勢をとります。卵は約10日で孵化します。生まれたばかりの幼獣は「パグル」と呼ばれ、体長は約1.5センチメートル、体重はわずか0.3〜0.4グラムです。孵化したパグルは育児嚢の中で、乳首を持たない母親の乳腺から直接分泌される母乳を飲みます。約6か月間の授乳期間中、母親はパグルを巣穴に残して採餌に出かけることもあります。母乳は脂肪、タンパク質、鉄分が豊富で、ピンク色をしています。生後約2か月でパグルのトゲが発達し始めると、メスは幼獣を育児嚢から出すようになり、生後2〜3か月頃には完全に育児嚢から出ます。約200日間の授乳期間を経て乳離れし、生後180〜240日頃には巣穴を離れて独立します。性成熟には5年から12年かかり、繁殖頻度は2年から6年に1回とされています。野外での寿命は最大45年ほどと考えられています。

人間との関わり

かつては「トゲアリクイ」とも呼ばれましたが、アリクイとは生物学的な関連がないため、この名称は使われなくなりました。生息地では多様な先住民の言葉で呼ばれており、アボリジナル・アートや伝承などの自然崇拝文化において重要な存在であり、一部の部族にとってはトーテム（象徴）ともなっています。ハリモグラの誕生に関する神話もいくつか語り継がれています。

現代のオーストラリアでは象徴的な動物の一つであり、5セント硬貨や記念硬貨、切手などのデザインにも採用されています。

大きな脅威はないとされ、全体的な生息数は安定しており、絶滅の危険性は低いと考えられています。しかし、ニューギニア島の一部では食用や薬用目的の狩猟が懸念されています。また、オーストラリアの都市化や開発による生息地の破壊、自動車との接触、外来種の捕食者（イヌ、ネコ、キツネなど）、そして移入された寄生虫による病気も地域的な脅威となり得ます。飼育下での繁殖は繁殖周期が特殊であるため非常に難しく、これまでに成功した動物園も限られています。

日本語の「ハリモグラ」という名前は、背中の針と、前脚の形状や穴掘りの習性、顔つきなどがモグラに似ていることから付けられましたが、モグラとの生物学的な類縁関係はありません。同様に、ハリネズミやヤマアラシとも体がトゲで覆われている点で共通しますが、系統的には遠縁です。

フィクションの世界では、シドニーオリンピックのマスコット「ミリー」や、アニメ「はりもぐハーリー」、ゲーム「ソニックシリーズ」のキャラクター「ナックルズ」など、様々なキャラクターのモデルとしても登場しています。

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