マーレラ

マーレラ（Marrella）

約5億年前、古生代カンブリア紀の澄んだ海に生息していたマーレラ（学名：Marrella splendens）は、マルレロモルフ類（Marrellomorpha）と呼ばれる節足動物の一種です。現在、この生物については、カナダのブリティッシュコロンビア州にある有名な化石産地、バージェス頁岩で見つかったただ1種類の化石標本のみから知られています。

発見とその意義

マーレラの存在は、スミソニアン協会の当時の長官であったチャールズ・ウォルコット氏によって、1909年に発見されたことで明らかになりました。特に化石の保存状態が良いことで知られるバージェス頁岩（ラーゲルシュテッテンの一種）から見つかった、いわゆる「バージェス動物群」の一員です。同じ地層から産出した他の多くの生物種と比べても、マーレラの化石は圧倒的に多く、その数は1万点を超えるとも言われます。これほど膨大な数の標本が、様々な姿勢で保存されていたおかげで、マーレラの立体的な構造を詳細に復元することが可能になりました。さらに、脱皮の途中の状態を示す化石も見つかっており、これは節足動物の脱皮行動を直接的に示す、非常に古い時代の記録として重要な証拠となっています。

特徴的な形態

マーレラの化石には、成長段階を示すと思われる様々な大きさの個体が含まれており、その体長は最も小さいもので2.4mm、最大のものは24.5mmほどに達します。他のマルレロモルフ類と同様に、マーレラの体は大きく二つの部分に分かれます。一つは発達した突起物と特殊な付属肢を持つ「頭部」、もう一つは多数の体節と二股に分かれた脚を備えた「胴部」です。

頭部

頭部は前後に細長く、その後方からは湾曲した大きな突起が左右と後上方に向かってそれぞれ2対、合計4本張り出しています。左右の外側にある突起は表面が滑らかですが、後上方にある内側の突起は縁が鋸歯状になっています。かつては左右の突起の根元に複眼があった可能性も考えられましたが、現在の見解では複眼の存在は確認されていません。左右の突起には微細な溝が見られ、これが構造色を生み出し、虹色に輝いていたのではないかという説も提唱されました。しかし、同じ研究で構造色を示すとされた別のバージェス動物（ウィワクシアやカナディア）の溝が内部構造を示唆する可能性が高いことから、この構造色説については疑問視する声もあります。

頭部の腹面を見ると、前方に鉤状の突起が一本、その後方に一対の棘状の突起があり、その棘の間に口が開いていました。頭部には特に発達した2対の付属肢が備わっています。最初の1対は細長い触角で、約30節に分かれていました。そのすぐ後ろには、強力なオールのような形状をした第2付属肢があります。この付属肢は触角の付け根の後方上方から左右に張り出し、一つの長い柄部と、その両縁に剛毛が密集した5つの平たい肢節で構成されています。

胴部

胴部は長く円柱状をしており、体節の数は個体の大きさによって異なりますが、小さな個体で17節、大きな個体では26節以上確認できます。胴部は後方に向かうにつれて細くなり、末端の尾節は小さく目立ちません。それぞれの胴節からは一対の脚が生えており、これらは二叉型付属肢と呼ばれる形をしています。脚は、十数節からなる羽毛状の外肢と、6節からなる歩脚状の内肢から構成されていました。脚の基部の構造や外肢と内肢がどのように接続していたかは完全には解明されていませんが、少なくとも胴体への接続部分は柔軟で、頑丈な顎の機能を持つ顎基はなかったことがわかっています。胴部の後方にある脚ほど短くなる傾向があり、特に後方十数対の内肢には、各肢節の内側に丸い突起が見られます。

内部構造

化石からは消化系と循環系の痕跡も確認されています。消化管の前端は頭部にあり、太い胃になっていて、口の向きに合わせてU字型に折り返していました。胴部の消化管は細長く、消化腺のような大きな分岐は見られません。循環系は比較的発達しており、消化管の背側に位置していました。頭部には袋状の心臓があり、そこから伸びる動脈が突起、付属肢、体節に入り込んでいました。胴部より後方では、中心を通る動脈が左右2本に分かれていました。

推定される生態

マーレラは海中を活発に泳ぎ回る遊泳性の動物（ネクトン）であったと考えられています。大量に発見されることから、群れで生活していた可能性も指摘されています。脚の外肢は呼吸のための鰓としての役割を果たしていたと考えられており、オール状の第2付属肢を巧みに前後に動かして海中を推進していたと推測されます。食性については、海中の小さな動物や水中に漂う有機物（懸濁物）を食べていたと考えられています。おそらく、泳ぎながら円を描くように動かした脚の内肢を使って、餌を集めていたのでしょう。脱皮の際には、頭部の前端から外皮を剥がし、そこから体を抜き出していたことが、脱皮殻の化石からわかっています。

分類学上の位置づけ

マーレラは発見当初、その形態から甲殻類に近い生物と考えられ、同じバージェス動物であるバージェシアと共に、鰓脚類の一種とみなされた時期もありました。しかし、その後の研究によって、甲殻類ではないことが明らかになり、マーレラはマルレロモルフ類（Marrellomorpha）という独立したグループに分類されることになりました。マルレロモルフ類が、三葉虫、鋏角類、大顎類といった他の主要な節足動物のグループとどのような類縁関係にあるのかは、現在でも明確には解明されておらず、様々な系統仮説が提唱されています。例えば、三葉虫に近縁とする説、大顎類に近縁とする説、鋏角類に近縁とする説、あるいは鋏角類や大顎類よりも原始的な節足動物であるとする説などがあります。

マーレラ以外にも、オルドビス紀のフルカ（Furca）、シルル紀のキシロコリス（Xylokorys）、デボン紀のミメタスター（Mimetaster）やヴァコニシア（Vachonisia）などがマルレロモルフ類に分類されています。これらのうち、フルカとミメタスターを含むミメタスター科は、マーレラを含むマーレラ科（Marrellidae）と近縁であると考えられており、両科を合わせてマーレラ目（Marrellida）として分類されています。

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