今川範忠

今川範忠（いまがわのりただ）は、1408年（応永15年）に生まれ、1461年 7月4日（寛正2年5月26日）に没したと推定される室町時代中期の武将です。駿河国の守護を務めた今川氏の第5代当主として知られ、後の戦国大名今川義元の曽祖父にあたります。

範忠は、第4代当主であった今川範政の次男として誕生しました。しかし、兄である範豊が早世したことにより、次第に嫡子の地位を固めていったと考えられています。ところが、父の範政は晩年になって、範忠を後継から外（はい）し、自身の側室の子である異母弟の千代秋丸（後の小鹿範頼）に家督を譲ろうと試みました。これが原因で、今川家内には深刻な後継者争いが発生します。

家督争いが続く中、1433年（永享5年）に父範政が死去しました。当時の将軍足利義教は、鎌倉公方足利持氏との対立が深まる情勢下、駿河国の支配が安定していることを重視しました。そこで、幼少の千代秋丸よりも成人している範忠が家督を継ぐ方が得策と判断し、京都に滞在していた範忠に家督継承を認めました。この将軍による裁定により、範忠は今川氏の当主となったのです。

範忠の家督継承に対して、今川氏の家臣の一部には反対する者もいました。狩野氏や富士氏といった勢力は、範忠の廃嫡を画策していた鎌倉公方足利持氏の支援を受けて反乱を起こしましたが、将軍足利義教は範忠を強く支持しました。将軍の命を受けた三河・遠江守護の斯波氏の部隊などが派遣され、これらの反対勢力は鎮圧されました。

こうした経緯から、範忠は室町幕府に対する忠誠心が極めて強く、特に将軍義教からの厚い信頼を得ていました。彼は幕府の命を受けて関東の監視役を務め、足利持氏に対する永享の乱や、その後の結城合戦といった幕府と鎌倉府の衝突においては、一貫して幕府方として参戦し、多くの武功を挙げました。これらの功績が認められ、範忠は将軍義教より特別な恩賞を賜ります。それは、同族の庶流が使用していた今川姓を禁じ、範忠の子孫のみに今川姓の使用を許す、いわゆる「天下一苗字」（この世に一家だけの姓）というものでした。これにより、範忠の直系子孫が今川氏の宗家であることが公式に保証され、今川家の家格は一段と高まりました。この結果、分家筋にあたる遠江今川氏の範将は、堀越氏を名乗るようになったとされています（ただし、この改姓には異説も存在します）。

1455年（康正元年）には、8代将軍足利義政から、鎌倉公方足利成氏（足利持氏の子）を討伐するよう命じられました。範忠は後花園天皇から討伐の象徴である御錦旗（ごきんき）を受け取ると、直ちに領国である駿河に戻り、上杉氏の討伐のため鎌倉を留守にしていた足利成氏の隙を突いて鎌倉を攻め落としました。この戦いを機に、成氏は鎌倉を追われて古河へ逃れ、古河公方と称することになります（享徳の乱の展開の一つ）。

範忠は1460年（寛正元年）正月に駿河に帰国し、翌1461年（寛正2年）3月20日には、子の今川義忠に家督を譲ったことが確認されています。そして、間もなく死去したと考えられていますが、その正確な没年には異説も存在します。

範忠の出自に関する異説

近年、今川範忠の出自について新たな説が提唱されています。これは、室町時代の公卿である満済の日記『満済准后日記』の記述を巡る研究から生まれたものです。日記の1432年（永享4年）6月29日条には「駿河守護今河範政嫡子彦五郎遁世（出家）」とあり、翌1433年（永享5年）3月15日条には「今河総州駿河守護娚子彦五郎」と記されています。従来、永享5年条の「娚子」は「嫡子」の誤記と考えられてきました。

しかし、歴史学者の大石泰史氏は、日記の原本に近い写真帳を確認した結果、永享5年3月15日条には明確に「娚子」と記されていることを指摘しました。さらに、「娚」という字が古くは甥（おい）を指す言葉として用いられていた慣例や、永享5年4月14日条に範政の二男として弥五郎（後の範勝）、同舎弟として千代秋丸が登場することなどを根拠に、永享5年3月15日条の「娚子」は単なる誤記ではなく、範忠（＝彦五郎とされる）が範政の甥であった可能性が高いと論じました。

大石氏は、範忠が範政の弟である泰国（宮内少輔）の子であったと推測する一方、系図に記載のない範政の兄弟姉妹の子であった可能性も排除できないとしています。この説によれば、長男の範豊が亡くなった際、範政の他の男子（弥五郎や千代秋丸）が幼少または未誕生であったため、後継者として養子を迎える必要が生じ、甥である範忠が迎えられたと考えられます。しかし、その後、範政の室（上杉氏出身）から千代秋丸が生まれたことにより、今川家内に内紛が発生しました。範政は、将軍が既に後継者として認めていた養子の範忠を強引に出家させ、千代秋丸に家督を譲ろうとしました。範政としては、実子であり、しかも代々の縁戚である上杉氏の血を引く千代秋丸が、鎌倉府とも関係が深い今川氏の後継者に相応しいと考えたのかもしれません。

しかし、範政による範忠の強引な出家に対しては、今川家中の重臣にも反発があったとされます。そして何よりも、室町幕府（将軍足利義教）が、今川氏と鎌倉府の接近を警戒し、範忠の廃嫡を認めなかったことが決定的な要因となりました。結果として、範政と千代秋丸を支持する勢力、そして範忠を支持する勢力との間で、深刻な対立と内紛が生じることになったと、この異説は説明しています。この甥説は、範忠の家督継承を巡る複雑な状況を理解する上で、重要な視点を提供しています。

今川範忠は、父との家督争い、将軍の裁定、家臣の反乱鎮圧、幕府への忠誠、関東での軍功、そして享徳の乱における活躍などを通じて、不安定な時代に駿河今川氏の地位を確固たるものにした人物と言えるでしょう。彼の治世は、曾孫である今川義元が駿河・遠江・三河を支配する戦国大名へと発展するための基礎を築いた時代でした。

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