八木節

群馬県と栃木県にまたがる両毛地域を中心に、広く親しまれている俗謡であり、また盆踊り唄としても知られています。その名称は、かつて日光例幣使街道の宿場町であった八木宿（現在の栃木県足利市）に由来すると伝えられています。

八木節の音楽的な特徴は、縦置きにした酒樽を叩いてリズミカルな拍子を取り、軽快な笛の旋律が主軸となる点です。音頭は、七七調の口説形式が中心で、「国定忠治」「五郎正宗」「紺屋高尾」といった、人情にまつわる物語を題材にしたものが多く歌われます。踊りは非常に多様で、手踊りや手拭い踊り、さらには菅笠、傘、花輪、扇子を用いた踊りなどがあり、踊り手は性別を問いません。

この八木節が全国的に知られるきっかけとなったのは、大正時代前期に初代堀込源太（本名・渡辺源太郎、1872年 - 1943年）がレコードに吹き込んだことによります。源太は八木宿近郊の堀込（現在の足利市）の出身で、この普及への貢献から「元祖」や「創始者」とも呼ばれ、一時は「源太節」という別名でも呼ばれていました。

八木節の起源については、初代堀込源太によって広く知られるようになる以前から諸説が唱えられています。最もよく知られる通説は、日光例幣使街道沿いの宿場で盆踊り唄として歌われていた「越後口説」を原型とし、馬子であった源太が自身の馬子唄の節を取り入れて完成させた、というものです。越後口説は、江戸時代後期に瞽女や遊女によって例幣使街道周辺地域に伝わったとされる新潟県十日町市発祥の「神保広大寺節」に由来すると考えられています。神保広大寺節は七・七・七・五調の小唄でしたが、七・七・七・七･･･調の長編口説へと変化しました。越後口説と八木節は歌詞に共通点が見られますが、越後口説が比較的遅いテンポであるのに対し、八木節は速い拍子が特徴です。この速いリズムに源太が親しんだ馬子唄の要素が加わったと解釈されています。

越後口説を原型とする説の中でも、具体的に八木節の直接の源流となった唄や場所については更に細分化された説があります。群馬県太田市の木崎宿で歌われた盆踊り唄「木崎節（木崎音頭）」に由来するという説や、名称の由来でもある八木宿で歌われていた盆踊り唄が原型とする説、さらには伊勢崎市境地域に伝わる「赤椀節」が木崎節の影響を受けて成立し、それが八木節へと発展する過程に位置付けられるという説、群馬県玉村町に伝わる「横樽音頭」に由来するとする説などが存在します。

また、『山田郡誌』では、源太が登場する以前の八木節の「元祖」として、朝倉清三（本名・丸山清三郎、1848年ごろ - 1882年）の名前を挙げています。朝倉清三は足利市朝倉町出身の馬子で、八木宿や木崎宿を行き来しながら盆踊り唄の名手として知られていました。源太を朝倉清三の直接の弟子とする見方もありますが、清三が死去した際、源太はまだ10歳であったため、直接の師弟関係は考えにくいとされています。『山田郡誌』によれば、師弟関係は朝倉清三から中村芳太郎、そして中村芳太郎から堀込源太と矢場勝（源太と一座を組んだ人物）へと続いたとされています。また、民謡研究者の正田政次郎は、さらに中里栄吉という人物を間に挟む系統を提唱しており、八木節の名称や節は源太以前から存在し、源太はそれを完成させ全国に広めた功労者であると位置付けています。

これらの説とは別に、台一雄は、古くから足利市の御厨地区や久野地区に伝わっていた盆踊り唄「神子節」こそが八木節の起源であるとする説を唱えています。踊りについては、八木宿の東にある上渋垂地域に伝わる里神楽の「ひょっとこ踊り」の影響が指摘されています。

歴史的に見ると、八木節は大正時代から昭和時代初頭にかけて、安来節などと同様に全国的な流行となり、寄席芸能としても演じられました。大正期に「民謡正調」という概念が提唱された時期と重なることもあり、その起源や本家を巡る議論も生じました。八木節の名称がいつ付けられたかについても複数の説があり、通説では大正5年（1914年）の堀込源太のレコード録音時とされていますが、それ以前の記録や証言を根拠とする異説も存在します。

初代堀込源太は、大正5年頃から浅草で興行を行い大きな成功を収め、その後全国を巡業しましたが、大正9年には安来節の隆盛に押され、浅草での興行を終えました。地元である群馬県東毛地域では、八木節の人気によって、それまで歌われていた他の盆踊り唄が衰退したという現象も見られました。

現在でも八木節は、北関東を代表する郷土芸能として根強く愛されています。初代堀込源太の曾孫にあたる渡邊一利氏が、令和7年（2025年）1月1日に七代目堀込源太を襲名するなど、伝統の継承も行われています。また、1926年には堀込源太による「国定忠次」がラジオ放送されるなどメディアにも登場し、現代では高校野球の応援歌としてアレンジされたり、桐生駅の発車メロディとして使用されたり、現代音楽や和太鼓演奏に取り入れられたりするなど、様々な形で親しまれています。上毛かるたにも「そろいの仕度で八木節音頭」の札があり、群馬県民にとって身近な存在です。

八木節は、その軽快なリズムと多様な踊り、そして複雑な歴史的背景と数多くの起源説を持つ、魅力的な日本の民謡です。伝統的な継承とともに、現代的なアレンジや活用も行われ、これからも多くの人々に歌い継がれていくことでしょう。

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