加藤千蔭

加藤千蔭：国学、歌道、書道の三芸に秀でた江戸時代の文人

加藤千蔭（かとうちかげ、1735年4月1日-1808年10月21日）は、江戸時代中期から後期にかけて活躍した国学者、歌人、そして書家です。通称は又左衛門、字は常世麿、号は芳宜園などを使用しました。父は江戸町奉行の与力であった加藤枝直で、橘氏を称したことから橘千蔭とも呼ばれていました。

町奉行から文人への転身

千蔭は、父の後を継ぎ町奉行組与力見習として役人の道を歩み始めます。宝暦13年（1763年）には町奉行吟味役に昇進するなど順調なキャリアを歩んでいましたが、天明8年（1788年）病気のため町奉行与力を辞職しました。しかし、寛政の改革の際に田沼意次の側用人時代の勤務について譴責を受け、閉門処分を受けることとなります。この閉門を機に、千蔭は公職を離れ、それまで培ってきた学芸に専念することになりました。

国学への貢献と『万葉集略解』

千蔭は若い頃から様々な芸事を学んでいましたが、特に国学において大きな業績を残しました。それは、自宅の近所に住んでいた賀茂真淵から国学を学んだことが大きな契機となっています。真淵門下では「県門の四天王」の一人と称されるほどの実力者でした。

隠居後は師である真淵の学問を受け継ぎ、同じく真淵の弟子であった本居宣長の協力を得て『万葉集略解』を著しました。この注釈書は『万葉集』全歌を対象に、学問的な考証に固執することなく、平易で簡潔な解説を心がけた点が特徴です。その分かりやすさから、明治時代以降も広く読まれ続けました。

独自の和歌と書風

和歌においては、師である真淵の万葉調を基調としながらも、江戸の華やかな風俗を織り交ぜた独自の作風を確立しました。村田春海とともに歌会や文会を盛んに開き、「江戸派の双璧」と称されるほどでした。千蔭の歌風は『古今[[和歌集]]』前後の時代の和歌を理想とした高雅なものであり、江戸だけでなく京坂の文人とも交流を持っていました。千蔭自身の歌集『うけらが花』も二編残されています。

書道においても、千蔭は松花堂昭乗に倣い、和様書として独自の「千蔭流」を確立し、高い評価を得ました。多くの仮名書の法帖を出版し、その書は陶器に焼き付けられた「千蔭焼」や織物に施された「千蔭緞子」として好事家に珍重されました。また、江戸琳派の絵師である酒井抱一の作品に賛を寄せたことや、曲亭馬琴が千蔭から書を学んだという逸話も残っています。

絵画と弟子たち

絵画では、当初は建部綾足に漢画を学びましたが、後に大和絵風の絵画に転じました。千蔭には清原雄風、大石千引、岡田真澄、窪田清音など多くの著名な弟子がいました。

死後と千蔭流の継承

文化5年（1808年）、73歳で亡くなった千蔭は、東京都墨田区両国回向院に葬られました。その墓碑は東京都の旧跡に指定されており、墓石の「橘千蔭之墓」の文字は千蔭自身の自筆と伝えられています。千蔭流は明治時代にも人気があり、中島歌子など多くの和歌の師匠やその門下生である樋口一葉も千蔭流の書を学んだと伝えられています。

千蔭は国学、歌道、書道の三芸に秀でた江戸時代の文人として、現在も高い評価を受けています。彼の作品や業績は、後世の文化に多大な影響を与え続けています。

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