江州音頭

江州音頭（ごうしゅうおんど）

滋賀県を中心に近畿地方で広く親しまれている江州音頭は、盆踊りに欠かせない郷土芸能です。「江州」とは、現在の滋賀県にあたる近江国の古い呼び名に由来します。

江州音頭には、櫓の上で歌い踊る「棚音頭」と、屋内で座って披露される「座敷音頭（敷座）」の二つの形式があります。さらに、盆踊りの枠を超え、独立した舞台芸能としても行われ、その場合は特に「口説き（クドキ）」と呼ばれています。

沿革と発展

江州音頭の起源は、仏教の読経に伴う節である声明（しょうみょう）にあるとされます。声明は、山伏などが人々を教化するための手段として発展し、祭文（さいもん）という語り物芸能を生み出しました。この祭文が次第に娯楽的な要素を強め、宗教色から離れて遊芸としての祭文語りへと変化していったものが、江州音頭の源流の一つと考えられています。

当時の祭文語りの中には、浄瑠璃に近い説経節や、後に浪曲を生む浮かれ節などと比較しても、より大衆的あるいは通俗的なものと見なされた形式がありました。特徴的なのは、語りの間に法螺貝を使い、集まった人々が「♪ デロレン、デロレン」という合いの手を入れることで、この呼称である「デロレン祭文」が定着しました。同じような成り立ちを持つ芸能には、かつて願人坊主が行っていた「阿呆陀羅経」や、「チョンガレ」、「春駒節」などがありましたが、残念ながらテレビが普及した高度経済成長期以降、その担い手は姿を消しました。

江戸時代の終わり頃、デロレン祭文の達人であった桜川雛山の弟子、西沢寅吉（後に初代桜川大龍となる人物）は、歌念仏や念仏踊りの要素を祭文に取り入れ、独自の節回しを生み出しました。彼は話芸と踊りを結びつけ、新たな形式の音頭を創始しました。これが「祭文音頭」と呼ばれ、最初に披露されたのは近江国の八日市（現在の滋賀県東近江市）だったと伝えられています。

その後、寅吉と親交のあった奥村久左衛門（後の初代真鍮家好文）の協力も得て、演目などが体系的に整備されました。そして明治時代の初め、近江国の枝村（現在の犬上郡豊郷町）にある千樹寺で、本堂の再建を祝う落慶法要の際にこの踊りが披露された出来事が、江州音頭の正式な始まりと位置づけられています。これを機に、江州音頭は滋賀県内の各地へと徐々に広まっていきました。

西沢寅吉は当初、祭文語りとして桜川歌寅と名乗っていましたが、師である桜川雛山の許しを得て初代桜川大龍に改名し、宗家を名乗るようになりました。明治時代の終わり頃になると、初代大龍の門下生たちがこぞって大阪の千日前にある寄席に進出しました。そこで江州音頭は、落語や他の音曲芸と肩を並べるほどの人気を博す演目となりました。

江州音頭の担い手の中からは、大阪の三島郡出身で漫才師として大成した砂川捨丸や、河内地方で活動し三河萬歳も学んだ玉子屋圓辰のような成功者が現れました。彼らの後に続き、意欲のある音頭取りの一部が漫才や浪曲といった舞台芸へと転身していきました。こうした流れは、現代に続く演芸の多様な源流の一つを形成したと言えます。古い時代の漫才の名跡、例えば「砂川家」「桜川家」「荒川家」「河内家」「菅原家」といった屋号の多くは、大阪の江州音頭取りをルーツとしています。

江州音頭のルーツをさらに遡ると、商業で各地を行き来していた近江商人たちが、旅先で交流する人々に余興として江州音頭を伝えたことが挙げられます。東海道や京街道など主要な街道沿いの地域で伝えられた音頭は、それぞれの土地で独自のアレンジが加えられていきました。これらの積み重ねの中から大阪独自の江州音頭が生まれ、後の河内音頭の成立にも大きな影響を与えたと考えられています。

明治中期から後期にかけて、江州音頭が既存の芸能と並び、劇場や寄席で興行として演じられるようになると、その内容はさらに変化しました。江戸時代中期から大阪で人気を集めていた即興喜劇の「俄（にわか）」や、江州音頭と同じく祭文を源流とする浪曲など、他の芸能との融合が進みました。その結果、発祥の地である近江のスタイルとは大きく異なり、大阪独自の進化と変革を遂げた形態が確立されたのです。

主な流派と現代の試み

江州音頭を現在の形に確立したとされる初代桜川大龍と初代真鍮家好文によって、主に以下の二つの流派が生まれ、今日まで続いています。

川北派（桜川派）: 宗家は初代桜川大龍を祖とします。
真鍮家派: 宗家は初代真鍮家好文を祖とします。

これらの伝統的な流派は、「♪ ヨイト ヨイヤマカ ドッコイサノセ」という盆踊りでの代表的な合いの手のほか、音頭の途中で「♪ デロレン、デロレン」という一節を唱和するスタイルを受け継いでおり、デロレン祭文の系譜にあることを今に伝えています。

一方で、時代と共に新しい試みも生まれています。大阪府北河内地方の流れを汲む初代桜川唯丸は、昭和末期から平成初頭にかけて、ロックやファンク、ラップといった現代音楽の要素を大胆に取り入れた伴奏で音頭を歌い、江州音頭の可能性を広げる新境地を開拓しました。

発祥地を巡る説

江州音頭の発祥地については、現在二つの場所が有力視されており、それぞれに石碑が建てられています。ただし、どちらか一方だけが真の発祥地であると断定することは難しい状況です。

延命公園（滋賀県東近江市八日市松尾町）: ここは初代桜川大龍が江州音頭の原型となる節回しを考案した場所とされています。
千樹寺（滋賀県犬上郡豊郷町下枝）: こちらは明治初年、整備された江州音頭が初めて公の場で披露された場所とされています。

また、初代桜川大龍の出身地である滋賀県彦根市南川瀬町の法蔵寺にも石碑があります。発祥地とされる場所以外にも、滋賀県内の各地には桜川大龍の功績を称える石碑が点在しています。

江州音頭の始まりの節回しは、地域によって多少の違いが見られますが、特定のパターンが代表的なものとして知られています。

関連事項

江州音頭に関連する事物や人物には、以下のようなものがあります。

盆踊り、河内音頭、寺方提灯踊り
浪曲、漫才、語りもの
桜川大龍（近代江州音頭の確立者）
玉子屋円辰
志賀廼家淡海（音頭取り出身の喜劇俳優）
砂川捨丸（江州音頭取り出身の近代漫才の祖の一人）
桜川末子・松鶴家千代八
桜川唯丸（現代的なスタイルを取り入れた音頭取り）

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