願人坊主

願人坊主とは

願人坊主（がんにんぼうず）は、江戸時代（17世紀から19世紀）に存在した大道芸人の一種であり、その活動は多岐にわたりました。彼らは、神仏への参詣や祈願、修行、水垢離などを人々の代わりに行うことから始まり、やがて江戸の街を徘徊しながら、軽口、謎かけ、住吉踊り、あほだら経など、様々な芸を披露するようになりました。乞胸（ごうむね）と同様に、芸能を中心とした賤民として扱われることもありました。

願人坊主の変遷

「願人」とは元々「神仏に祈願する人」を意味し、この「願人」が略されて「願人坊主」と呼ばれるようになったのは、彼らが登場してからのことです。初期の願人坊主は、人々の代わりに水垢離などを行う代願人としての役割を担っていました。しかし、時代が進むにつれて、半僧半俗から徐々に俗化し、僧の格好をした芸人へと変化していきました。彼らは、「願人坊」や単に「願人」とも呼ばれ、その多才さで江戸時代には流行の発信源となることもありました。

願人坊主の実態

願人坊主は、その実態としては、芸をすることで米や銭を乞う乞食坊主であり、「代願人の坊主」という意味合いが強かったと言えます。彼らは、釈迦願人、施餓鬼願人、裸願人、やっとこせなど、様々な名前で呼ばれました。また、金毘羅行人や半田（稲荷）行人なども同類として、それぞれの芸を披露しながら米や銭を乞いました。さらに、人々の代わりに参拝や祈願の修行、水垢離なども行い、これを生業としていました。大阪では「誓文ばらい」とも呼ばれていたそうです。

江戸における願人坊主の居住地

1842年の町奉行への報告書によると、当時の願人坊主たちは、橋本町（現在の東京都千代田区東神田）、芝新網町（現在の同港区浜松町2丁目および海岸1丁目）、下谷山崎町（現在の同台東区東上野4丁目）、四谷天竜寺門前（現在の同新宿区新宿4丁目）に集団的に居住していました。彼らは、判じ物の札を配ったり、歌や踊りを披露したり、全裸に近い姿で芸をしたりしながら生計を立てていたと記録されています。

多様な願人坊主たち

願人坊主には、様々な種類が存在しました。

すたすた坊主：冬になると、ほとんど全裸姿で縄の鉢巻を頭に巻き、腰に注連縄、扇・錫杖を持ち、歌い踊りながら門付を行いました。これは元々、京都の商人が旧暦10月20日に行う「誓文払い」に由来していました。
ちょんがれ坊主：門付や路傍で「ちょんがれ」を歌い、金品を乞いました。錫杖や鈴、金錠を振りながら早口で歌う芸で、この「ちょんがれ節」は、後に「浮かれ節」や「浪花節」へと発展しました。
なまいだ坊主：「南無阿弥陀仏」が訛った「なまいだ」を唱えながら、浄瑠璃語りや物真似などの芸を披露しました。
まかしょ：白頭巾と白衣姿で現れ、「寒参り」の代行をすると言いながら町を練り歩き、「天神様」を描いた紙片を撒きながら金銭を乞いました。この姿は、歌舞伎舞踊にも取り入れられています。
* わいわい天王：羽織袴、両刀を身につけ、天狗や猿田彦の面を被り、「牛頭天王」と書いた札を撒きながら金銭を乞いました。

これらの願人坊主たちは、それぞれ得意な芸を中心に活動していましたが、その活動領域は曖昧に重なり合っていたと考えられます。

願人坊主と芸能

願人坊主は、浪曲の発展だけでなく、多くの俗謡や踊りを広める役割も担いました。「奴さん」という俗謡は、願人たちが踊り歌として用いることで流行し、寄席や花柳界でのお座敷唄として親しまれるようになりました。「かっぽれ」も、同様に願人たちが「住吉踊り」を元に踊り歌として用い、伊勢音頭などを取り入れることで流行させ、後に寄席や歌舞伎に取り入れられ、大ブームとなりました。近代かっぽれの始祖である豊年斎梅坊主も、元は願人坊主であり、かっぽれを大道芸から寄席芸へと発展させた人物です。

願人坊主の終焉

願人坊主は、身分的に周縁に位置づけられ、寺社奉行の管轄下にありました。幕末には、地方からの流民（無宿）の増加とともに、願人町は急速に膨れ上がりました。しかし、1873年に東京府が「願人呼称廃止」を布告したことで、その名前は廃止されました。その代わりに稼業も禁止され、彼らは零落していくことになります。また、新聞や雑誌による『貧民窟』キャンペーンなど、江戸時代から続く蔑視もより露骨になり、橋本町や鮫ヶ橋はスラムクリアランスによって強制移転の憂き目に遭いました。

願人坊主の現代への影響

学術的な研究だけでなく、芸能的な観点からも願人坊主は注目されています。小沢昭一は、「願人坊主」を自身の憧れの職業として語り、現代芸能につながる原点として捉える見方もあります。

また、歌舞伎舞踊にも願人坊主を題材にした作品があり、1811年に初演された『七枚続花の姿絵』の中の「願人坊主」は、現在では清元節に改められた『浮かれ坊主』として知られています。この作品は、派手なふんどしに黒の法衣という姿で、面白おかしく踊ることで、江戸の願人坊主の風情を今に伝えています。

このように、願人坊主は、その多様な活動を通して江戸時代の文化に大きな影響を与え、現代にもその痕跡を残していると言えるでしょう。

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