焼身自殺

焼身自殺（Self-immolation）

焼身自殺とは、自らの身体を焼くことによって命を絶つ行為を指します。これはしばしば、政治的または倫理的な抗議の手段として、特に言論の自由が制限されている状況下で行われることがあります。

概要

焼身自殺は、仏教やヒンドゥー教の社会において、古くから行われてきました。インドでは、夫を亡くした寡婦が焼身自殺をする「サティー」という慣習が存在しました。政治的な抗議、離婚、絶縁など、様々な理由で焼身自殺が行われてきました。また、武勇を重んじる文化を持つチャランやラージプートの間でも、焼身自殺が見られました。

焼身自殺の直接的な死因は、火災による焼死に多い有毒ガスによる窒息ではなく、全身の大部分の皮膚が火傷によって失われることで生じる脱水症状による衰弱死だとされています。実行者は、自らの体にガソリンや灯油などの引火性の高い油をかけ、火を付ける方法を用いることが一般的です。

英語圏では、焼身自殺を「bonzo」と呼ぶことがありますが、これは日本語の「凡僧」に由来する言葉です。ただし、現代ではあまり一般的ではありません。

歴史

キリスト教

ロシアでは、正教会の古儀式派を信じる村人が集団で焼身自殺を図る「炎の再洗礼」と呼ばれる事件がありました。17世紀初頭のフランスにおけるイエズス会の記録にも、焼身の例が見られますが、これらの場合は通常、死を伴うものではありませんでした。彼らは身体の一部を焼き、十字架にかけられたイエスの苦しみに耐えたことを示そうとしたのです。

キリスト教では、最後の審判まで肉体を保全しなければならないという観念から、自殺自体が禁忌とされています。特に焼身は、肉体が焼損し現世から滅び去ることを意味するため、強く忌避される方法です。中世の異端審問や魔女狩りでは、異端者を神に代わって現世から完全に抹消するという意味合いで火刑が用いられました。

仏教

仏教においては、律文献は焼身自殺を軽罪とし、経典は比丘が自殺直前に解脱していた場合は戒律に抵触しないとしました。また、論書は自殺が殺生戒に相当しないと説いています。仏教は、人が人生につまずいたとしても、生きることの意義を説き、解脱を求めることを諦めないように促します。

歴史的には、『法華経』の薬王菩薩本事品第二十三に描かれている薬王菩薩の姿が、ベトナム戦争への抗議として焼身自殺を行った僧侶や尼僧たちに影響を与えました。薬王菩薩の前世である一切衆生喜見菩薩は、日月浄明徳如来の弟子であり、法華経を聴き、苦行を重ね、現一切色身三昧を得て、仏を供養するために自ら香を飲み、身体に香油を塗って焼身しました。諸仏はその行為を讃嘆し、その身は1200年間燃え続けたと伝えられています。

ティック・ナット・ハンは、「菩薩は自らをその光で照らし出します。だからこそ皆がその姿を目にすることができるのです。それは究極の顕現としての不死を目の当たりにする幸運に浴したということなのです」と述べています。

南ベトナムでは、ゴ・ジン・ジェム政権による仏教弾圧に抗議するため、多くの僧侶が焼身自殺を行いました。ティック・クアン・ドックの焼身自殺は、全世界に衝撃を与えました。

イスラム教

イスラム教では、キリスト教と同様に、最後の審判の日まで肉体を適切に保全することが望ましいとされています。そのため、神のみに認められている火によって人間の肉体を損壊する行為は、自殺であっても処刑であっても、アッラーに対する冒涜と解釈されることがあります。

2010年12月、チュニジアのモハメド・ブアジジが、周囲の嫌がらせや経済状況に抗議して焼身自殺を図りました。この事件は、アラブの春のきっかけとなりました。

2019年9月には、イランのサハール・コダヤリが、サッカーの試合を観戦したために拘束されたことに抗議して焼身自殺を遂げました。

各国の事例

日本

日本では、1967年に由比忠之進が佐藤栄作首相の訪米に抗議して焼身自殺を図りました。1969年には、江藤小三郎が建国記念の日に国会議事堂前で焼身自殺をしました。江藤の死は、三島由紀夫の自決に大きな影響を与えたとされています。

近年では、2014年に集団的自衛権を認める憲法解釈に抗議した男性が新宿駅前で焼身自殺を図った事例や、2015年に東海道新幹線で発生した火災事件、2022年にくら寿司の駐車場で焼身自殺した店長、安倍晋三国葬儀に反対する男性が首相官邸近くで焼身自殺を図った事例などがあります。

韓国

1970年には、全泰壱が平和市場の労働者の待遇改善を求めて焼身自殺をしました。2019年には、日本に不満を持っていた男性が在韓日本大使館前で焼身自殺を図りました。

ロシア

2020年、ジャーナリストのイリーナ・スラビナが、家宅捜索を受けた後に内務省庁舎前で焼身自殺をしました。2022年以降は、ウクライナ侵攻に伴う徴兵に関連して、抗議の手段として焼身自殺を図る事例が多発しています。

チェコスロバキア

1969年、ヤン・パラフがソ連の侵攻に抗議して焼身自殺をしました。

中国

中国では、土地の強制収用などに抗議する目的で焼身自殺を図る例が多く報告されています。陳情局を訪れている人が抗議の焼身自殺を行う事例も多いとされています。