狒々

狒々（ひひ）

狒々（ひひ、比々とも）は、日本に伝わる妖怪の一種です。その姿は、巨大な猿を彷彿とさせ、人里離れた山中に棲息すると言われています。古くから人々に恐れられてきた狒々について、その特徴や伝承を詳しく見ていきましょう。

狒々の特徴

狒々は、怪力を持つとされ、しばしば人間の女性を攫うと伝えられています。柳田國男の著書『妖怪談義』には、狒々が人間を見ると大笑いし、その際に唇が捲れ上がって目を覆ってしまうという記述があります。この特徴を利用して、狒々の唇が目を覆った隙に額を錐で突き刺すことで捕獲できるという話も存在します。狒々の名前は、この特徴的な笑い声に由来すると考えられています。

また、『妖怪談義』には、天和3年（1683年）に越後国（現在の新潟県）で、正徳4年（1714年）には伊豆で狒々が実際に捕らえられたという記録も紹介されています。これらの記録によれば、捕獲された狒々の体長はそれぞれ4尺8寸（約145cm）、7尺8寸（約236cm）であったとされています。

地域に伝わる狒々の話

北アルプスの黒部谷に伝わる話では、源助という名の荒くれ者の杣頭（樵の親方）が、狒々に出会ったとされています。源助は、素手で猿や狸を打ち殺し、山刀一つで熊と格闘するほどの剛の者でしたが、井戸菊の谷を伐採しようとした際に、風雲が巻き起こり、同行していた若い樵が物の怪に取り憑かれて気を失ってしまいます。すると、狒々のような怪獣が現れ、樵を宙に引き上げて殺そうとしました。源助は狒々と激しく争い、最終的には狒々を退散させたと伝えられています。この話では、狒々は風雲を巻き起こし、人を投げたり引き裂いたりする恐ろしい妖怪として描かれています。

中国の妖怪「狒狒」

狒々は、もともと中国の妖怪であるとされています。『爾雅』釈獣には、「狒狒は人に似て、ざんばら髪で走るのが速く、人を食う」という記述があります。郭璞の注には、「梟陽のことである。『山海経』に「その姿は人の顔で唇が長く、体は黒くて毛が生えており、かかとが曲がっている。人を見ると笑う」という。交州・広州・南康郡の山中にもいて、大きいものは背丈が1丈あまりある。俗に「山都」と呼ぶ。」といっています。

江戸時代の百科事典『和漢三才図会』には、西南夷（中国西南部）に棲息する妖怪として紹介されており、『本草綱目』からの引用として、身長は大型のもので一丈（約3メートル）あまり、体は黒い毛で覆われ、人を襲って食べるとされています。また、人の言葉を話し、人の生死を予知することもできるとも言われています。長い髪はかつらの原料になるとも伝えられています。ただし、ここで言及されている狒々は、実際にはゴリラやチンパンジーなどの類人猿を指していると考えられています。当時の日本にはこれらの類人猿は存在しなかったため、異常に発育したサル類に『本草綱目』の記述を当てはめたものとする説が有力です。

狒々の能力

狒々は、知能も高く、人と会話ができるとされ、覚のように人の心を読み取るとも言われています。また、狒々の血は緋色の染料になるとされ、この血で着物を染めると退色することがないと言われています。さらに、人がこの血を飲むと、鬼を見る能力を得るとも伝えられています。

狒々の伝承

狒々は、山童と混同されることもありますが、これは「山で笑うもの」であることから「山ワラハ」が「山童」（やまわろ）に転じたためと考えられています。岩見重太郎が退治した怪物としても知られており、人身御供を要求して人間の女性を食べる妖怪・猿神と同一視されることもあります。

狒々の骨？

近年では、アメリカ人の動物学者エドワード・S・モースが、東京の大森貝塚を発見した際に大きなサルのような骨を見つけ、日本の古い記録に大型のサルを記したものがあるか調査したところ、狒々の伝承に行き当たり、この骨を狒々の骨かもしれないと結論づけています。

狒々は、日本の妖怪の中でも、特に恐ろしい存在として語り継がれてきました。その怪力や人食いの性質は、人々に畏怖の念を抱かせ、様々な伝承を生み出してきました。現代においても、狒々の物語は、日本の妖怪文化を語る上で欠かせない要素となっています。

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