笑劇

笑劇（しょうげき）は、英語ではファース（farce）、フランス語ではファルス（farce）と呼ばれ、道化芝居と訳されることもある、演劇や映画の喜劇における一形態です。その主たる目的は観客を心底楽しませ、笑わせることにあります。

このジャンルの大きな特徴は、まず現実には到底起こりそうもない、極めて突飛なシチュエーションを舞台とすることです。登場人物たちが奇妙な状況に巻き込まれ、そこから生まれる混乱や誤解が笑いを生みます。また、変装や人間違いが頻繁に用いられるのも笑劇の典型的な要素です。誰かが別の人物になりすましたり、互いを別の人物と勘違いしたりすることで、予期せぬ事態が次々と巻き起こります。

ユーモアの質も多様で、洗練された言葉遊びから、時には性的な示唆や身体的なユーモア（スラップスティック）まで、幅広いレベルの笑いが盛り込まれます。特に言葉による当意即妙なやり取りは、笑劇の醍醐味の一つと言えるでしょう。

物語の展開は非常にスピーディーです。特に終盤に向けて加速度的に事態が進行し、登場人物たちが慌ただしく動き回る中で混乱が最高潮に達します。クライマックスでは、しばしば入り組んだ追跡シーンなどが含まれることもあり、この早いペースこそが観客を飽きさせない鍵となっています。

笑劇の結末は、通常ハッピーエンドで幕を閉じます。冒頭で提示された問題や葛藤は解決されますが、その解決方法には「デウス・エクス・マキナ」的な強引なひねりが加えられることも少なくありません。また、勧善懲悪といった道徳的な規範はあまり重視されず、主人公がたとえ少々逸脱した行動をとったり、不正を隠し通したりしても、比較的寛容に描かれる傾向があります。これは、笑劇が人間の愚かさ、非合理性、あるいは無意識的な行動を滑稽に描き出すことに焦点を当てているためです。

人間の欠点や滑稽さを描く点で、笑劇は風刺と比較されることもありますが、風刺ほど社会や個人への強い批判を含むわけではありません。笑劇は非常に柔軟な形式であり、単独のジャンルとしてだけでなく、ロマンティック・コメディなどの他の形式と組み合わせて上演されることも多いです。これは演劇の長い歴史の中で培われた伝統的な様式と言えます。

そのばかばかしくも魅力的なシチュエーションや、即物的なユーモア、速いペースといった特徴から、笑劇のスタイルは現代のメディアにも広く影響を与えています。例えば、テレビのシチュエーション・コメディ（シットコム）や、サイレント映画、スクリューボール・コメディといったジャンルの中にも、笑劇的な要素が色濃く見られます。

著名な作品としては、イギリスのウィリアム・シェイクスピアによる『間違いの喜劇』やオスカー・ワイルドの『真面目が肝心』、レイ・クーニーの『ファニー・マネー』など、特にイギリスで多くの傑作が生まれています。フランスではジョルジュ・フェドーやマルク・カモレッティの作品が知られ、アメリカ映画の『赤ちゃん教育』やテレビドラマ『アイ・ラブ・ルーシー』、日本では坂口安吾の戯曲『風博士』なども笑劇の例として挙げられます。世界各国で時代を超えて愛され続ける、観客をひたすら笑わせることに特化したエンターテイメント形式です。

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