羽生世代

羽生世代（はぶせだい）とは、1970年生まれの羽生善治棋士を中心とした、ほぼ同年代のプロ将棋棋士を指す通称です。1990年代から2010年代にかけて、この世代の棋士たちが将棋界の頂点を極め、数多くのタイトルを獲得し、一時代を築きました。

この呼称が指す範囲は必ずしも明確ではなく、メディアや文脈によっていくつかの捉え方があります。最も狭義には、羽生善治氏と同学年の棋士（森内俊之、先崎学、丸山忠久、郷田真隆、藤井猛、増田裕司など）のみを指す場合があります。広義には、これに1学年上（村山聖、佐藤康光など）や1学年下（屋敷伸之、深浦康市など）の棋士を含めることもあり、その範囲は10数名から20名近くに及ぶこともあります。特に村山氏や佐藤氏のように、若くから「チャイルドブランド」として羽生氏と共に注目された棋士は、早い段階からこの世代に含まれるものと見なされていました。

羽生世代の棋士たちの多くは、若手時代から突出した才能を見せ、「チャイルドブランド」や「アンファン・テリブル（恐るべき子供たち）」と呼ばれていました。1980年代後半には、まだ10代であった羽生氏や森内氏、屋敷氏らが、長年の将棋界を支えてきた先輩棋士たちを次々と破り、タイトル戦線や主要棋戦の決勝に進出するなど、目覚ましい活躍を始めます。特に、18歳でNHK杯優勝を果たした羽生氏や、17歳で棋聖戦に挑戦した屋敷氏の登場は、将棋界に大きな衝撃を与えました。

彼らの活躍は、元号が平成となった時代（1989年～2019年）とほぼ重なります。この約30年間、タイトル戦における羽生世代の支配力は絶大でした。彼らが獲得したタイトル数は合計で140期を超え、これは同時期のタイトル総数の過半数を占めるものです。中には、1995年に羽生氏が史上初の七冠を達成し、羽生世代単独で全タイトルを制覇した年もありました。また、羽生氏と森内氏の間で度々行われた名人戦七番勝負のように、この世代のトップ棋士同士によるタイトルを巡る激しい戦いが数多く繰り広げられました。

羽生世代は、タイトル獲得数が3期以上の棋士が8名、永世称号保持者が3名（羽生善治、佐藤康光、森内俊之）、通算1000勝達成者が4名（羽生善治、佐藤康光、丸山忠久、森内俊之）と、他の世代と比較しても圧倒的に実績を残した棋士が多い特異な世代と言えます。

しかし、2010年代後半に入ると、将棋界に新たな世代の波が押し寄せます。ポスト羽生世代と呼ばれる木村一基氏、三浦弘行氏、久保利明氏らに続き、渡辺明氏や平成生まれの棋士（豊島将之氏、菅井竜也氏、永瀬拓矢氏、斎藤慎太郎氏など）が台頭し、徐々にタイトル戦の勢力図が変化していきました。2018年末には、27年ぶりに羽生世代のタイトル保持者が一人もいなくなるという大きな転換点を迎え、世代交代が明確になりました。

世代交代が進む中でも、羽生世代の棋士たちはその実力を維持し、将棋界の第一線で活躍を続けています。特に50代を迎えて以降も、羽生善治氏はタイトル戦に挑戦し、丸山忠久氏は全棋士参加棋戦である銀河戦で優勝・連覇を果たすなど、若手棋士に引けを取らない存在感を示しています。また、近年将棋界に「一強時代」を築いている藤井聡太八冠に対しても、丸山氏や深浦康市氏のように勝ち越している棋士がいるなど、その技術と経験は今なおトップレベルであることを証明しています。

羽生世代は、その圧倒的な強さと長期にわたる活躍により、日本の将棋史において特別な地位を占める世代です。彼らの功績は、その後の将棋界の発展に多大な影響を与えました。また、この世代が活躍した時期は、三段リーグ制度の導入によりプロ入りの門戸が狭まった時代とも重なっており、この世代の厚みは、プロ棋士になること自体の厳しさを浮き彫りにするものでもありました。

平成の時代と共に将棋界を駆け抜け、今なおベテランとして奮闘する羽生世代は、日本の将棋ファンにとって忘れられない伝説的な存在であり続けています。



羽生世代と呼ばれることのある主な棋士（順位戦A級経験者など）

村山聖（1969年度生まれ）
佐藤康光（1969年度生まれ）
先崎学（1970年度生まれ）
丸山忠久（1970年度生まれ）
羽生善治（1970年度生まれ）
藤井猛（1970年度生まれ）
森内俊之（1970年度生まれ）
郷田真隆（1970年度生まれ）
屋敷伸之（1971年度生まれ）
* 深浦康市（1971年度生まれ）

その他、同じ時期に活躍した中座真氏（中座飛車の創始）、瀬川晶司氏（プロ編入試験第1号）、近藤正和氏（ゴキゲン中飛車の創始）なども、この世代に関連して語られることがあります。また、女流棋界では、羽生世代と年齢の近い清水市代氏（「女羽生」と称された）らが「女流三強」として同時期に活躍しました。

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