くしの歯作戦

くしの歯作戦：東日本大震災における緊急輸送路確保作戦

東日本大震災発生後、甚大な被害を受けた沿岸部へ、人命救助や物資輸送を迅速に行うため、国土交通省東北地方整備局が主導し、宮城県や自衛隊と連携して実施されたのが「くしの歯作戦」です。この作戦は、津波によって寸断された道路を「くしの歯」のように縦横に啓開し、被災地へのアクセスを確保することを目的としました。

作戦の概要

作戦は大きく3つのステップで構成されました。

第1ステップ: 東北自動車道と国道4号という南北の幹線道路を確保し、救援部隊や物資を被災地へ送るための大動脈を確保しました。
第2ステップ: 東北自動車道と国道4号から、沿岸部の久慈市、宮古市、釜石市などへ向かう東西方向の道路を確保しました。これにより、内陸部から沿岸部へのアクセスが可能となりました。
3月12日には11ルート、14日には14ルート、15日には15ルートの東西ルートが開通し、16日からは一般車両の通行も可能となりました。
第3ステップ: 沿岸部を南北に結ぶ国道45号の確保に着手しました。これにより、沿岸部全体の移動が容易になりました。

3月18日までに、道路の97％が通行可能となり、道路啓開はおおむね完了しました。

道路啓開とは

道路啓開は、災害発生後の初期対応として極めて重要な活動です。災害発生直後に行われる道路啓開は、「災害発生→啓開→応急復旧→本復旧→復興」という復興への流れの基礎となるものです。

当時の東北地方整備局長であった徳山日出男氏の「前へ！突っ込め！」という指示のもと、人命救助と捜索部隊を72時間以内に被災地に送り込むことが最優先されました。そのため、路面状態の悪さは許容され、必要に応じて迂回路が作られました。

作戦には、国道事務所や国道維持出張所の職員に加え、地元の建設会社が所有するバックホー（パワーショベル）と操作員、土嚢、アスファルト合材のチームが参加しました。合計52チームが、事前視察で判明した不通箇所へ向かい、啓開作業を行いました。

啓開作業は、余震や大雨による地盤の崩落、津波の再来など、常に危険と隣り合わせでした。南海トラフ[[巨大地震]]では、短期間に複数回のマグニチュード8クラスの地震に見舞われた事例があるため、作業は10分以内に安全な場所へ避難できる現場のみに制限されました。

作戦の評価

鉄道や港湾の復旧が遅れる中、三陸地区に通じる道路網の早期回復は、被災地への救助活動を大きく前進させました。

徳山氏は、阪神・淡路大震災の経験から「最も被害が激しい場所からは情報が届かない」という教訓を踏まえ、太平洋沿岸部に甚大な被害が出ていることを前提に作戦を立案しました。地元建設会社との連携を迅速に進め、52チームを組織したことが成功の大きな要因となりました。また、内陸部から沿岸部へのルートを16に絞ったことも、作戦初日に11ルートを開通させた要因の一つとして挙げられます。

さらに、大畠章宏国土交通大臣（当時）から、「人命救助が第一義」「予算を気にせず、被災地と被災者の救援のために必要なことはすべて実行せよ」という指示があったことも、作戦の成功を後押ししました。

その後の取り組み

東日本大震災における「くしの歯作戦」の成功を受け、南海トラフ[[巨大地震]]などの大規模災害が想定される地域では、同様の計画が策定されています。

中部地方: 東海・東南海・南海地震対策中部圏戦略会議が「中部版くしの歯作戦」を策定し、3日以内の人命救助支援、7日以内の緊急物資輸送支援を目指しています。
近畿地方: 和歌山県南部地域では、近畿地方整備局と和歌山県が連携し、国道42号の早期復旧に向けた計画を策定しています。
* 四国地方: 四国東南海・南海地震対策戦略会議を設立し、具体的なルート設定を進めており、合同演習も実施しています。また、四国道路啓開等協議会が「四国おうぎ（扇）作戦」として広域道路啓開計画を策定しています。

首都直下地震における「8方向作戦」

首都直下地震に備え、国土交通省は8方向からの啓開を48時間以内に行う「8方向作戦」を計画しています。東京湾アクアライン、京葉道路、常磐自動車道、東北自動車道、関越自動車道、中央自動車道、東名高速道路、横浜方面の8経路を優先的に確保する計画です。

重機や資材の輸送、河川道路の活用など、具体的な対策も進められています。

千葉県での取り組み

千葉県では、太平洋岸での津波被害を想定し、35路線を対象とした「くしの歯作戦」の計画を立てています。特に、首都圏中央連絡自動車道、東京湾アクアライン連絡道、館山自動車道、富津館山道路、銚子連絡道路の5路線を優先的に開通させる予定です。

「くしの歯作戦」は、東日本大震災において、道路啓開の重要性と効果を実証しました。その経験は、今後の大規模災害対策において、重要な教訓となっています。

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