くじら座タウ星

くじら座τ星

くじら座τ星（タウ・セチ、τ Cet）は、くじら座の方向にある恒星で、地球からの距離は約12光年と比較的近い場所に位置しています。太陽と同じG型主系列星に分類され、黄色く輝いています。単独星としては、地球に最も近いG型主系列星であり、その安定性から天文学的な関心を集めています。

概要

くじら座τ星は、肉眼でも観測可能な3.5等級の明るさで輝いており、見かけの明るさの変動が非常に少ないのが特徴です。太陽と比較すると金属量が少ないものの、その類似性から「ソーラーアナログ」と呼ばれることもあります。また、周囲には太陽系のエッジワース・カイパーベルトの約10倍の質量を持つ塵円盤が存在することが知られています。2012年には、5つの太陽系外惑星の存在が示唆され、そのうち2つはハビタブルゾーン内を公転していると判明しました。後の研究で、さらに2つの惑星が存在する可能性も指摘されています。

ただし、この星系は、塵円盤内の小天体との衝突頻度が高い可能性があるという課題も抱えています。それでも、くじら座τ星が太陽に似ていること、地球に近いこと、そして惑星が存在する可能性などから、地球外知的生命体探査（SETI）のターゲットとして注目されています。そのことから、SF作品などでは、異星人の故郷や宇宙植民地として描かれることも少なくありません。

名称

「くじら座τ星」という名称は、1603年にヨハン・バイエルが作成した星表『ウラノメトリア』に由来します。これは、くじら座の恒星に付与されたバイエル符号の一つです。また、17世紀にエジプトで解読された星表『Al Achsasi al Mouakket』では、「Thālith al Naʽāmāt（3つ目のダチョウ）」と記されています。これは、τ星がη星、θ星、ζ星、υ星と共に、ダチョウを表す星群「Al Naʽāmāt」の一部であったことを示しています。中国では、τ星は、他の4つの星とともに「天倉」という星群を形成し、その5番目の星として「天倉五」と呼ばれています。

運動

くじら座τ星は、天球上での動きが少ない恒星ですが、比較的大きな固有運動を持つ星としても知られています。これは、地球からの距離が近いことを示しています。年周視差は273.96ミリ秒であり、距離は約11.9光年と算出されています。G型主系列星の中では、ケンタウルス座α星Aに次いで地球に近い恒星です。

視線速度は約-17km/sで、これは地球に近づいていることを意味します。固有運動と視線速度を組み合わせた空間速度は約37km/sであり、銀河系中心から約9.7キロパーセク（3万2000光年）離れた場所を、真円に近い軌道で公転していると推定されています。

物理的特徴

くじら座τ星は、伴星を持たない単独星です。観測データから、半径は太陽の約79.3%と推定されており、これは太陽よりもやや質量の小さい恒星に期待される大きさと一致します。自転周期は約34日で、赤道における自転速度は比較的遅く、約1km/sです。この自転速度の遅さから、地球から見ると、ほぼ極の方向から観測している可能性があると考えられています。

表面重力は約4.4log gで、太陽の値と非常に近い数値です。金属量は太陽の約3分の1と少なく、これはくじら座τ星が太陽よりも古い恒星であることを示唆しています。年齢については、過去の研究では約100億年とされていましたが、現在は約58億年と推定されています。ただし、モデルによっては44億年から120億年の間となる可能性もあります。

光度は太陽の約55%で、太陽系でいうと、金星軌道付近で地球と同じ日射量が得られます。また、くじら座τ星は非常に安定しており、磁気活動もほとんど見られません。過去の観測では、表面温度、彩層、粒状斑のいずれにも変動が見られませんでした。11年周期で恒星活動を繰り返しますが、太陽と比較すると非常に小規模です。これらの特徴から、マウンダー極小期のような低活動期間にある可能性も指摘されています。

太陽との比較

くじら座τ星は、太陽に似た恒星を探す上での重要なターゲットです。ソーラーツイン、ソーラーアナログ、ソーラータイプなど、太陽に似た恒星を指す言葉はありますが、その定義は徐々に厳密になっています。くじら座τ星は、質量と低い変動性では太陽に似ていますが、金属量が少ないため、ソーラーアナログに分類されます。

惑星と生命の探索

くじら座τ星は、惑星が存在する可能性から注目を集めてきました。視線速度法による観測では、1988年時点で木星サイズの巨大ガス惑星は発見されていませんでした。その後の観測で、ホット・ジュピターが存在する可能性も否定され、少なくとも木星質量以上の惑星が、公転周期15年未満では存在しないことが示唆されました。ハッブル宇宙望遠鏡による観測も行われましたが、分解能の限界から惑星の発見には至りませんでした。

しかし、地球サイズの惑星の存在は依然として否定されておらず、生命が存在する可能性も残されています。もし、くじら座τ星の惑星に生命が存在するならば、その大気成分から生命の痕跡を検出できる可能性があります。

SETIとHabCat

くじら座τ星は、SETI（地球外知的生命体探査）の初期から注目されてきた恒星です。1960年代に行われたオズマ計画では、くじら座τ星とエリダヌス座ε星が観測対象となりましたが、人工的な信号は検出されませんでした。2002年には、SETIのフェニックス・プロジェクトの一環として、HabCatという、生命が存在可能な恒星の一覧が作成されました。この一覧には、くじら座τ星も含まれており、地球外生命探査の有力なターゲットであることが示されました。

惑星系

くじら座τ星系では、ハビタブルゾーン内に地球型惑星が存在する可能性が指摘されています。しかし、木星型惑星が存在しない場合、小天体との衝突が頻発する可能性があります。2012年には、5つの惑星の存在が示唆され、そのうちの2つはハビタブルゾーン内に位置すると考えられました。しかし、後の研究で、この2つの惑星のうち1つは、ハビタブルゾーンの条件を甘く見積もる必要があり、もう1つの惑星はハビタブルゾーンに入ってからの期間が短いとされ、地球外生命体が存在する可能性は低いとする研究も発表されています。2017年の研究では、新たに2つの惑星候補が追加され、合計で5つの惑星候補が存在する事が示唆されました。

くじら座τ星e

くじら座τ星eは、公転周期が168日、τ星からの距離が0.538auで、下限質量が地球の3.93倍とされています。地球のような大気と温室効果を持つと仮定すると、表面温度は68℃になると推定されています。当初は惑星候補でしたが、2017年にその存在が確認されました。

くじら座τ星f

くじら座τ星fは、公転周期が約640日で、ハビタブルゾーンに位置するとされています。下限質量は、くじら座τ星eと同じく地球の3.93倍とされています。こちらも当初は惑星候補でしたが、2017年にその存在が確定しました。

塵円盤

2004年には、くじら座τ星の周りに太陽系の10倍以上の質量の小天体が存在することが発見されました。この塵円盤は、頻繁な天体衝突によって形成されていると考えられ、惑星の生態系に大きな影響を与える可能性があります。円盤の大部分は、35～50auに集中しており、カイパーベルトに類似しています。この塵円盤は、恒星周辺の円盤が、必ずしも時間と共に消失するわけではないことを示しています。また、太陽系に塵円盤がほとんど存在しないのは、太陽系形成初期に、別の恒星との接近によって小天体が奪われたためである可能性も指摘されています。

作品

くじら座τ星は、その太陽との類似性や惑星の存在の可能性から、SF作品に頻繁に登場します。