りゅう座ファイ星

りゅう座φ星

概要

りゅう座φ星（φ Draconis、φ Dra）は、りゅう座の方向におよそ303光年離れた位置にある、見かけの明るさが4.22等級の恒星系です。この星系は単なる連星ではなく、実視連星と分光連星が組み合わさった複雑な三重連星系を形成しています。さらに、特定の元素の存在量が異常に多い化学特異星であると同時に、明るさが周期的に変化する変光星としても知られており、特に回転変光星の一種に分類されています。このように、りゅう座φ星は複数の興味深い特徴を併せ持つ天体として研究されています。

星系の構造

りゅう座φ星が複数の恒星からなる重星であることは、19世紀にはすでに認識されていました。主な構成要素は、明るい4等星のりゅう座φ星Aと、それに比べてやや暗い6等星のりゅう座φ星Bです。この二つの星は非常に接近しており、望遠鏡で見ても角度にして1秒以内の離角で観測されてきました。発見以降、両者の相対的な位置は概ね0.6秒以下の離角を保ったまま変化しており、その軌道が詳細に観測・図示された結果、物理的に結びついた真の連星であることが確定し、詳細な軌道要素も推定されています。

一方、りゅう座φ星Aの視線速度（地球から見た星の動きの速さ）が時間と共に変化することが明らかになり、1960年代に行われたヘルムート・アプトらによる観測と軌道要素の決定により、りゅう座φ星A自体が、より近い距離で伴星を従える単線分光連星であることが判明しました。これにより、りゅう座φ星Aは主星のりゅう座φ星Aaと伴星のりゅう座φ星Abから構成されていることがわかりました。

これらの恒星の位置関係を整理すると、りゅう座φ星は、互いに比較的遠くを公転する実視連星のペア（りゅう座φ星A系とりゅう座φ星B）と、そのうちの一方（りゅう座φ星A）を構成する近接連星（りゅう座φ星Aaとりゅう座φ星Ab）からなる、合計三つの星（Aa、Ab、B）から成る三重連星系であることになります。

軌道と物理量

りゅう座φ星A系とりゅう座φ星Bの公転軌道は、周期が約307.8年、離心率が0.752とかなり歪んだ楕円軌道を描いています。軌道長半径は、ヒッパルコス衛星が測定した距離に基づくと約89.6天文単位（地球と太陽の平均距離の約90倍）と見積もられています。次にこの二つの星が最も接近する近点通過は、2116年になると予測されています。

りゅう座φ星Aaとりゅう座φ星Abのペアは、実視観測では分離できないほど近接した軌道を公転しています。分光連星として発見された当初、その公転周期は約27日と考えられていましたが、その後の研究で約127.9日へと改められました。こちらの軌道も離心率が0.674と歪みが大きく、軌道長半径は約0.237天文単位と非常に小さいことがわかっています。

りゅう座φ星AとBの実視連星としての観測、特に等級差の情報と、恒星の進化を示す等年齢線理論を組み合わせることで、各星の質量が推定されています。主星のりゅう座φ星Aaは太陽の約3.3倍、伴星のりゅう座φ星Abは太陽の約1.9倍、そしてりゅう座φ星Bは太陽の約2.4倍の質量を持つと考えられています。これらの質量から推定されるスペクトル型は、三つの星がいずれも早期型の主系列星であることを示唆しており、りゅう座φ星AaはB8型、りゅう座φ星AbはA4型、りゅう座φ星BはB9型に分類されると推測されています。

化学特異星としての特徴

りゅう座φ星は、ハーバード大学天文台での観測において、1階電離したケイ素のスペクトル線が非常に強く検出される特異な恒星として分類されました。この特徴から、ケイ素の存在量が異常に多いA型化学特異星（Ap星）の一つに数えられています。Ap星の中でも比較的明るい恒星として知られています。

変光星としての特徴

りゅう座φ星の明るさが時間と共に変化する可能性は、1960年代から指摘されていました。1974年にはシャマハ天体物理観測所で行われた多色測光観測によって、その光度曲線と変光周期が決定され、変光星総合カタログ（GCVS）の第62次変光星名一覧で正式に変光星として登録されました。

特に紫外線領域での観測からは、可視光で観測されたものと同じ周期での変光が確認されています。しかし、すべての波長で同様の振る舞いが見られるわけではなく、変光しない波長領域が存在したり、遠紫外線領域では可視光や近紫外線とは光度変化の位相が逆転したりするなど、複雑な様相を呈しています。これは、遠紫外線では表面に不均一に分布するケイ素や鉄などのイオンによる吸収が強く影響する一方、可視光や近紫外線ではこれらの元素からの再放射によって星の光球が加熱される効果が働いているためと考えられています。

観測されるスペクトル線や変光パターンの特徴から、この星系において変光しているのは、Ap星であるりゅう座φ星Aaであると考えられています。その変光の性質から、りゅう座φ星Aaはりょうけん座α2型に属する回転変光星に分類されています。回転変光星の場合、明るさの変化周期は星の自転周期と関連が深いため、光度曲線の精密な解析によって自転周期を推定することが可能です。りゅう座φ星Aaの自転周期は、1.71650213日と非常に精度よく決定されています。

名称

中国の伝統的な天文学では、りゅう座φ星は独立した星官として「柱史（Zhù Shǐ）」と呼ばれていました。柱史は、古代中国において皇帝に仕え、文書や記録を管理する官職を指す言葉です。

もう一度検索