アドニスの誕生

ティツィアーノ作『アドニスの誕生』

『アドニスの誕生』（伊: La nascita di Adone, 英: The Birth of Adonis）は、ルネサンス期のヴェネツィア派を代表する巨匠、ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1505年から1510年頃に制作した油彩画です。この作品は、ギリシア神話における愛と美の女神アプロディテ（ローマ神話ではヴィーナス）と、その愛人であるアドニスの物語を主題としています。元々は婚礼用の家具であるカッソーネの板絵として制作され、『ポリュドロスの森』と対をなす作品として知られています。現在、両作品は共にパドヴァのパドヴァ市立博物館に所蔵されています。

神話に基づく主題

この絵画の主題は、オウィディウスの『変身物語』に記述されているアドニスの誕生譚に基づいています。アドニスは、キプロス島のパフォス王キニュラスとその娘ミュラの近親相姦によって生まれました。ミュラは、アプロディテを崇拝しなかったために、神の呪いによって父親への禁断の恋に身を焦がします。彼女は正体を隠して父親と関係を持ちますが、妊娠が発覚すると逃亡。9ヶ月間放浪した後、神に姿を変えてくれるよう願いました。すると彼女は没薬の木に変身します。その木からアドニスが生まれる際、出産の女神エイレイテュイア（ルキナ）が現れ、安産のまじないを唱え、木の幹が割れて美しい赤子が誕生します。この赤子がアドニスであり、その美しさからアプロディテとペルセポネに愛される存在となります。

絵画の構成と解釈

絵画は、広大な牧歌的風景を背景に、アドニスの誕生シーンを中心に描いています。ミュラは完全に木に変身しており、画面の中心を支配しているのは、出産の女神エイレイテュイアです。彼女の導きによって、アドニスは木の幹の割れ目から姿を現し、3人の男女によって発見されています。遠くからは鹿や兎などの動物たちがこの光景を見守っています。

画面の両側に描かれた場面については、解釈が分かれています。一つの解釈では、画面左端の男女がパフォス王キニュラスと王女ミュラであり、右端に描かれた女性がヴィーナスであるとされます。この解釈では、画面の左から右へと時間が流れていると解釈できます。一方、別の解釈では、画面右端の女性が王女ミュラであり、左端の男女がヴィーナスとアドニスであるとも考えられています。

この板絵は、カッソーネだけでなく、スパッリエーラやフリーズとして使用された可能性も指摘されています。

作品の帰属に関する議論

当初、この作品はジョルジョーネの作品とされていましたが、20世紀初頭にはその説はほぼ否定されました。その後、ジョヴァンニ・カリアーニに帰属される時期もありましたが、近年になってティツィアーノの非常に初期の作品であるとする説が有力視されるようになりました。特に、1942年のアントニオ・モラッシによるジョルジョーネの研究書や、ロベルト・ロンギ、ロドルフォ・パッルッキーニといったイタリアの美術史家がこの説を支持しました。しかし、アメリカやイギリスの美術史家の多くは、この説に懐疑的です。例外として、ポール・ジョアニデスは2001年にティツィアーノの帰属を支持し、1509年頃の制作であると推定しています。

作品の来歴

『アドニスの誕生』と『ポリュドロスの森』は、カルロ・リドルフィによってジョルジョーネの作品として言及された、ヴェネツィアのヴィドマン宮殿にあった家具の板絵と同一視されています。1864年にエモ・カポディリスタ伯爵のコレクションと共にパドヴァ市立博物館に寄贈されました。

参考文献

アポロドーロス『ギリシア神話』高津春繁訳、岩波文庫（1953年）
オウィディウス『変身物語（下）』中村善也訳、岩波文庫（1984年）
ジェイムズ・ホール『西洋美術解読事典』高階秀爾監修、河出書房新社（1988年）

外部リンク

パドヴァ市立美術館公式サイト, ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『アドニスの誕生』

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