アマツヒコネ

アマツヒコネ（天津彦根命）

アマツヒコネは、日本の神話に登場する神の一柱です。『古事記』では天津日子根命、『日本書紀』では天津彦根命と記され、他の文献では天都比古禰命と表記されることもあります。太陽神アマテラスオオミカミとその弟であるスサノオノミコトが、神々の誕生を巡って行った「誓約（うけい）」と呼ばれる儀式に際して生まれました。この時、アマテラスの持ち物（玉）から化生した五柱の男神の中の一柱であり、日本の歴史において多くの著名な氏族や国造（地方の首長）たちの祖神とされています。

誕生とその位置づけ

アマツヒコネの誕生については、『古事記』や『日本書紀』の複数の伝承箇所に記述が見られます。特に『古事記』や『日本書紀』の正伝では、アマテラスとスサノオの誓約によって、アマテラスの玉から生まれた男神五柱を

1. アメノオシホミミ（天忍穂耳尊/天之忍穂耳命）
2. アメノホヒ（天穂日命/天之菩卑能命）
3. アマツヒコネ（天津彦根命/天津日子根命）
4. イクツヒコネ（活津彦根命/活津日子根命）
5. クマノクスビ（熊野櫲樟日命/熊野久須毘命）

の順に誕生したと伝え、アマツヒコネはその三番目に位置づけられています。『日本書紀』では、これらの神々はアマテラスの玉から生まれたことから、アマテラスの御子であると記されています。このように、アマツヒコネはアマテラスの御子神として、高天原の重要神の一つとされています。

系譜

アマツヒコネの子としては、天目一箇神（アメノマヒトツノカミ）が知られています。この神は、別名を明立天御影命（アカルタツアマノミカゲノミコト）や天津麻羅命（アマツマラノミコト）とも言い、古事記や日本書紀においては刀剣や玉作り、鏡作りに携わった神々として登場し、製鉄や鍛冶に関わる神であると考えられています。

広範な後裔氏族・国造

アマツヒコネは、記紀やその他の文献によって、極めて広範囲にわたる多くの氏族や国造の始祖とされています。『古事記』では、川内国造、額田部湯坐連、茨木国造、山代国造など多様な氏族の祖として挙げられています。『日本書紀』でも、凡川内直や山代直、茨城国造、額田部連などの祖と記されています。

特に『新撰姓氏録』（平安時代初期に編纂された氏族名簿）には、その詳細な後裔リストが掲載されています。左京神別には額田部湯坐連（子の明立天御影命の後裔）、三枝部連、奄智造、額田部（孫の意富伊我都命の後裔）、右京神別には高市連（三世孫の彦伊賀都命の後裔）、桑名首（男の天久之行比乃命の後裔）などが挙げられています。山城国、大和国、摂津国、河内国、和泉国など各地の神別氏族として、山背忌寸（子の天麻比止都禰命の後裔）、三枝部連、額田部河田連、奄智造、凡河内忌寸、国造（男の天戸間見命の後裔）、額田部湯坐連（五世孫の乎田部連の後裔）、津夫江連、凡河内忌寸、大県主、高市県主（十二世孫の建許呂命の後裔）、末使主（子の彦稲勝命の後裔）などが記されています。また、大和国未定雑姓として犬上県主や薦集造などもアマツヒコネの後裔とされています。

さらに、『続日本後紀』や『日本三代実録』といった正史にも、アマツヒコネの子孫を称する人物が氏姓の変更や賜姓を受けている記事が見られ、その後裔の存在が確認できます。例えば、『続日本後紀』天長10年（833年）条には、山城国の山代忌寸浄足らが宿禰姓を賜った際に、その祖先がアマツヒコネであると述べられています。『日本三代実録』貞観5年（863年）条では、陸奥国磐瀬郡の吉弥侯部豊野が陸奥磐瀬臣の氏姓を賜った際、その祖先がアマツヒコネであると記されています。

また、『先代旧事本紀』の「国造本紀」や記紀の記述を総合すると、川内国造、茨木国造、筑波国造、師長国造、石背国造、馬来田国造、道尻岐閇国造、道奥菊多国造、須恵国造、山代国造、周芳国造といった、各地の多くの国造職を担った氏族もアマツヒコネを祖としていることが分かります。このように、アマツヒコネは日本の古代国家形成において重要な役割を果たした多くの豪族たちの共通の祖神として信仰されていました。

名前の意味

「アマツヒコネ」という名称について、「ネ（根）」は古語における親愛や重要性を示す接尾辞と考えられています。この場合、「アマツヒコ」が神の本質を表す部分となります。「アマツヒコ」は「天つ日子」と解釈され、「天上の太陽の子」という意味を持つとされています。この解釈は、アマツヒコネが太陽神アマテラスの持ち物から生まれた御子神であるという伝承とよく符合します。

信仰の現状

現在、アマツヒコネは各地の神社で祭神として祀られています。例えば、三重県桑名市の多度大社、桑名宗社、額田神社、滋賀県東近江市の竹田神社、京都府亀岡市の出雲大神宮、兵庫県神戸市の藍那天津彦根神社、小部天津彦根神社、徳島県徳島市の王子神社、高知県室戸市の室戸神社などでその御名を見ることができます。これらの神社は、かつてアマツヒコネを祖とした氏族や国造がその勢力範囲内で祀ったものが起源となっていると考えられます。

アマツヒコネは、日本神話の重要な局面で誕生し、多様な氏族や国造の祖としてその血筋を日本の各地に広げ、製鉄神を子に持つなど、古代日本の社会や信仰において広く深く関わる神と言えるでしょう。

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