アメリカ軍用チョコレート

アメリカ軍用チョコレート：戦場の甘さと苦さ

アメリカ軍用チョコレートは、単なるお菓子ではありません。兵士の士気高揚とエネルギー補給を目的として、過酷な戦場環境でも耐えうるように特別に開発された、軍需品としての側面を持つチョコレートです。その歴史は1930年代に遡り、第二次世界大戦中には大量生産され、多くの兵士たちにとって欠かせない存在となりました。

軍用チョコレートの概要

軍用チョコレートは、ポケットサイズの高エネルギー非常食として、1937年から米軍の標準配給品となりました。野戦での活動を想定し、携帯性、耐熱性、カロリー効率が重視され、特に耐熱性に関しては、高温下でも溶けないように特別な配合が施されています。その多くは、アメリカの大手チョコレートメーカーであるハーシー社が製造を担当しました。

ただし、士気高揚や救援物資として配られる場合は、一般のチョコレートと大差ないものが、包装や形状を変えて配給されることもありました。第二次世界大戦中に支給された「Kレーション」には、ハーシーのスイートチョコレートが同梱されていました。

非常食としての要件

軍用チョコレートは、以下の厳しい要件を満たす必要がありました。

高エネルギー（カロリー）であること: 戦闘行動には大量のエネルギーが必要なため、効率よくカロリーを摂取できることが重要です。
軽量小型で携帯しやすいこと: 兵士は常に装備を携帯するため、チョコレートは軽量かつ小型である必要があります。また、包装も頑丈であることが求められます。
* 高温に耐えられること: 特に熱帯や砂漠地域での作戦を想定した場合、チョコレートが溶けてしまわないよう、耐熱性は非常に重要でした。

ハーシー社の挑戦

Dレーションバー

1937年、アメリカ陸軍はハーシー社に最初の非常用配給チョコレートバーの開発を依頼しました。これが通称「Dレーションバー」と呼ばれる「携帯非常食D号」です。陸軍のポール・ローガン大佐は、ハーシー社に対し、以下の4つの要求を提示しました。

1. 重量は4オンス（約110グラム）。
2. 高カロリーであること。
3. 高温に耐えられること。
4. 「茹でたジャガイモよりややマシな程度」の味であること。

ローガン大佐は、チョコレートを嗜好品としてではなく、あくまで非常食として捉えていました。そのため、兵士が普段から食べないように、あえて美味しくない味を求めたのです。しかし、後には風味を改善する努力もなされました。

新しい製造方法

従来のチョコレート製造設備では、液状のチョコレートを型に流し込むのが一般的でしたが、耐熱性チョコレートは粘り気が強く、型に流し込むことが困難でした。そのため、砂糖、オート麦粉、ココアバター、脱脂粉乳、人工香料などを混ぜた糊状のチョコレートを、手作業で型に押し込むという新しい製造方法が採用されました。この製法で作られたチョコレートは、非常に硬く、色はこげ茶色で、華氏120度（摂氏約48.9度）までの高温に耐えることができました。

製品化と改良

初期の試作品に満足した陸軍は、1937年6月にDレーションバーを9万本発注し、実地テストを行いました。Dレーションバーは「ローガン・バー」とも呼ばれ、一部は南極探検隊の補給品にも使用されました。実地テストの結果を受け、陸軍は不定期ながら発注を続け、第二次世界大戦が始まると、Dレーションバーは毒ガスにも耐える包装に変更されました。

トロピカル・バー

1943年、陸軍はハーシー社に、より美味しく、高温にも耐えられるチョコレートの開発を依頼しました。その結果、ハーシーズ・トロピカル・バーが誕生しました。トロピカル・バーは、Dレーションバーに比べ、より一般的なチョコレートに近い風味を持っていました。

トロピカル・バーは、Dレーションバーと共に大量生産され、戦場での貴重なスナックとなりました。しかし、「硬くて美味しくない」という兵士の声も聞かれました。それでも、物々交換の品として使われたり、病気の兵士にとって貴重な栄養源となったりするなど、戦場での重要な役割を果たしました。

生産量

1940年から1945年の間に、推定30億本以上のDレーションバーとトロピカル・バーが生産され、世界中のアメリカ軍兵士に配給されました。ハーシー社の生産能力は、第二次世界大戦終結時には、週に2400万本にまで達しました。ハーシー社は、その貢献を認められ、5つの陸海軍E号生産賞を受賞しました。

第二次世界大戦後から現代

Dレーションバーの生産は第二次世界大戦終結と共に終了しましたが、トロピカル・バーはその後もアメリカ軍の標準配給品として、朝鮮戦争やベトナム戦争でも使用されました。また、1971年には、アポロ15号の宇宙食にも採用され、注目を集めました。

日本では、終戦直後に進駐軍が配ったチョコレートとして、「ギブミーチョコレート」という言葉と共に知られています。

1990年の湾岸戦争では、ハーシー社が新しい耐熱性チョコレート「デザート・バー」を開発しましたが、兵士の反応は様々で、商業生産には至りませんでした。また、アフガニスタンでは、敵兵がチョコレートバーを奪っていくことがあったと報告されています。

その他の側面

M&M'sの「お口でとけて手でとけない」というキャッチコピーは、軍用チョコレートに求められる耐熱性に着想を得て開発されました。また、JASDF（航空自衛隊）では、羊羹が非常食として配給されています。軍用チョコレートは、非常食や保存食として、また災害時の防災用品としても、その役割を果たすことができます。

このように、アメリカ軍用チョコレートは、単なるお菓子としてだけでなく、戦場での兵士の生存を支える重要な役割を果たしました。その歴史は、戦争という過酷な状況下での人間の知恵と工夫を示す一例と言えるでしょう。

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