アリー・スィースターニー

サイイド・アリー・フサイニー・スィースターニー：シーア派の重鎮

サイイド・アリー・フサイニー・スィースターニー（1930年8月4日？-）は、シーア派十二イマーム派の最高位聖職者（アーヤトッラー・オズマー）であり、マルジャア・アッ＝タクリード（模範となるべき権威）です。イラク戦争後のイラク政治において、非常に重要な役割を果たしています。日本語の報道では、シスタニ師、シスターニ師、シスタニー師など、長音表記が揺れることがあります。

生い立ちと宗教的経歴

スィースターニーは、イランのマシュハドで著名なウラマー（イスラーム法学者）の家系に生まれました。彼のファーストネームである「アリー」は、ナジャフで学んだ高名な学者であった祖父から取られました（「サイイド」は預言者ムハンマドの末裔であることを示す敬称）。一族はイラン東南部のスィースターンをルーツとし、ニスバ（出自を示す名）にスィースターニーを冠します。

幼少期から宗教教育を受けたスィースターニーは、マシュハドで学んだ後、シーア派の聖地であるイランのゴムに移りました。数年後にはイラクのナジャフへ移り、大アーヤトゥッラー・アブルカースィム・フーイーの下で学びました。1960年代にはフーイーからムジュタヒド（独自の解釈ができる法学者）として認められ、スィースターニー家はナジャフの名家として知られるようになりました。

フーイーは、ウラマーは政治から距離を置くべきという信条を持っており、スィースターニーもその影響を強く受け継ぎました。この姿勢は、イランのルーホッラー・ホメイニーとは対照的で、より伝統的な静寂主義の立場に位置づけられます。このため、シーア派住民への抑圧を強めていたバアス党の注意をそらすのに役立ったとも言われています。

バアス党政権下での苦難

スィースターニーは非政治的な姿勢を貫きましたが、イラクの高位シーア派ウラマーとして、バアス党の干渉をたびたび受けました。湾岸戦争後の1991年のシーア派反乱時には収監され、1990年代には複数回暗殺の標的にもなりました。1992年に師のフーイーが亡くなると、スィースターニーは大アーヤトゥッラーに昇格し、師の葬儀で導師を務めました。これにより、フーイーの後継者としての地位を確立し、そのネットワークを受け継ぎました。

その後、大アーヤトゥッラー・ムハンマド・ムハンマド・サーディク・アッ＝サドルら他の高位ウラマーが亡くなったこともあり、スィースターニーはイラクにおける突出したシーア派指導者となっていきました。彼はナジャフの中心的なアーヤトゥッラーとして、多額の資金を管理し、宗教学校の振興や社会福祉事業に活用しています。

バアス党による迫害で多くのシーア派ウラマーが殺害される中、スィースターニーは生き残りましたが、1994年にモスクは閉鎖され、アメリカの侵攻によるバアス党政権崩壊まで再開されることはありませんでした。この間、スィースターニーはナジャフの自宅に引きこもりました。これは迫害への抗議とも、バアス党による自宅監禁とも言われています。

イラク政治における影響力

隠遁生活を送っていたにもかかわらず、スィースターニーは弟子のウラマーを通じて、イラクのシーア派住民に広範な影響力を維持しました。現在のイラク政治においても、表舞台には立たないものの、非常に重要な役割を演じています。例えば、憲法制定プロセスにおける住民投票への参加をシーア派住民（特に女性）に命じるファトワー（宗教見解）を発出し、スンナ派集団の暴力に対する報復を禁止する代わりに、連合国暫定当局にシーア派への譲歩を余儀なくさせました。

2004年8月には、長年の心臓病悪化のためロンドンで治療を受けましたが、ナジャフを離れたのはこれが初めてでした。しかし、8月25日にはアメリカ海兵隊とムクタダー・サドルのマフディー軍との間の衝突調停のため、ロンドンからナジャフに戻りました。

2003年のアメリカによるイラク侵攻以降、スィースターニーはイラク政治において以前にも増して重要な役割を果たすようになりました。西側メディアでは、イラク戦争後のイラクで最も政治的影響力を持つ人物とされています。

2003年の侵攻直前には、占領軍に抵抗しないよう呼びかけるファトワーを発出し、連合軍の勝利を側面から支援しました。2004年には、弟子のムクタダー・サドルが台頭し、一時的に対立関係になりました。しかし、スィースターニーが帰国すると、支持者を集めて力を誇示し、サドルはナジャフから退去しました。この背景には、スィースターニーの支持者は富裕層が多く、サドルの支持者は都市貧困層が多いという社会階層の違いがありました。

スィースターニーは、政治的行動性を増し、代表を通じて運動を展開するようになりました。これは、サドルの台頭に対する反応であり、イラク社会の悪化に対する反応とも解釈されています。アメリカの占領開始直後には、シーア派ウラマーに政治に関与しないよう呼びかけましたが、その後、憲法制定議会の形成や、移行政権成立のための直接選挙を呼びかけるようになりました。これは、イラクの人口の約60％を占めるシーア派の優位性を確立しようとする意図があったとされています。

2005年1月の選挙では、スィースターニーの布告がシーア派住民の選挙参加を宗教的に支持する形となりました。彼は、選挙は「重要な問題」であり、「自由かつ公正に……すべてのイラク人が参加すること」を望むと述べました。これは、選挙による民主主義が「非イスラーム的」であるという主張に対し、シーア派住民には投票する宗教的義務があることを示すものでした。

スィースターニーは、バグダード南部のスンナ派地域で頻発する攻撃に対し、シーア派住民が報復しないよう呼びかけています。このような非暴力主義は、2005年のノーベル平和賞候補にもなりました。

一方で、2006年には、同性愛を「禁じられたもの」とし、「最悪の方法で殺されるべき」とするファトワーを発表し、批判を浴びました。この声明は後にウェブサイトから削除されました。

2019年の反政府デモでは、内閣の入れ替えを要求し、アブドゥルマフディー首相が辞任するきっかけとなりました。2021年には、ローマ教皇フランシスコと会談し、イラクにおけるキリスト教徒の安全と権利について話し合いました。

法学者としての見解

スィースターニーは、法学者の統治（ウィラーヤトゥル・ファキーフ）論について、限定的な立場を取っています。彼のウェブサイトでは、全ての法学者は非訴訟事項において保護監督権を持つが、社会秩序に関連する事項に適用されるかどうかは、状況や信徒の意見に依存すると述べています。彼は、イラクのシーア派ウラマーは政治の枠外に身を置くべきだと考えており、比較的穏健なイスラーム解釈を支持しています。

スィースターニーは、イラクのシーア派コミュニティにおいて、最も影響力のある人物の一人として、その活動は今後も注目されるでしょう。

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