アンティオキア攻囲戦

アンティオキア攻囲戦：十字軍の試練

アンティオキア攻囲戦は、1097年10月から1098年6月にかけて、第1回十字軍における重要な局面の一つとして展開されました。この戦いは、シリアの要衝であるアンティオキアを巡り、十字軍とイスラム勢力の間で繰り広げられた激しい攻防戦です。攻囲戦は二つの段階に分けることができ、第一段階は十字軍による攻城戦、第二段階はイスラム勢力による逆攻城戦となります。

背景：難攻不落の要塞都市アンティオキア

アンティオキアは、かつてセレウコス朝やローマ帝国の下で繁栄した東地中海屈指の大都市でした。中世に入ると、ウマイヤ朝と東ローマ帝国の間で争奪戦が繰り広げられ、都市は荒廃しました。しかし、6世紀にユスティニアヌス1世によって築かれた堅牢な城壁は、難攻不落の要塞としての役割を果たしていました。城郭都市は、西をオロンテス川に、南を深い谷に守られ、東はハビーブン・ナッジャル山の頂まで城壁が伸びていました。この地理的条件から、アンティオキアは攻めるに難く、守るに易い都市でした。

1085年、セルジューク朝が東ローマ帝国からアンティオキアを奪取しました。この際、内部からの裏切りによって無傷で入城したため、城壁は再建・強化されたばかりで万全な状態でした。1088年以降、ヤギ＝シヤーンという人物がアンティオキアの統治にあたっていました。ヤギ＝シヤーンは、1097年の春から夏にかけてアナトリア半島を進軍してきた十字軍に警戒を強めており、周辺のイスラム勢力に救援を要請しましたが、効果的な支援は得られませんでした。ダマスカスのドゥカークとアレッポのリドワーンという有力な指導者たちは、互いに不仲であり、協力することを拒否したため、アンティオキアは孤立しました。またヤギ＝シヤーンは、市内に住むキリスト教徒が十字軍に呼応することを恐れて、正教会の総主教を捕らえ、ギリシャやアルメニアの正教徒を追放しました。

第一段階：十字軍による攻囲戦

1097年10月20日、十字軍はアンティオキアの城外に到着しました。十字軍の指導者であるゴドフロワ・ド・ブイヨン、ボエモン、レーモンらは、攻撃方法について意見が対立しました。レーモンは直接攻撃を主張しましたが、ボエモンとゴドフロワは攻囲戦を主張し、最終的に攻囲戦が選択されました。十字軍の兵力では、アンティオキアの城壁を完全に包囲することはできませんでした。城内にはヤギ＝シヤーン率いる守備隊がいましたが、十字軍が攻囲戦を選択したことに安堵しました。

十字軍は、ボエモンが市の北東角の「聖パウロ門」、レーモンが西の「犬門」、ゴドフロワが西の「公爵門」の前に陣を張りました。南の「二人姉妹の塔」と北西角の「聖ゲオルギオス門」は包囲されず、城内への補給路として利用されました。東の山頂の城塞と「鉄門」は、籠城の際の拠点とされました。

11月には、ボエモンの甥であるタンクレードが増援として到着し、ジェノヴァの船団が補給物資を運び込みました。しかし、攻囲戦は長期化し、12月にはゴドフロワが病に倒れ、食糧も不足し始めました。ボエモンとロベールは兵を引き連れて食糧調達に向かいましたが、その隙にヤギ＝シヤーンが奇襲を仕掛けました。また、アンティオキアの救援に駆け付けたダマスカスのドゥカークの軍とも交戦しました。

12月30日には地震が発生し、寒冷な気候と豪雨が十字軍を襲いました。ドゥカークは、悪天候を理由にダマスカスへ撤退しました。食糧不足は深刻化し、人肉食に走る者も現れました。1月には、脱走兵が相次ぎ、十字軍の権威が失墜しました。

2月に入ると、東ローマ帝国の将軍タティキオスが十字軍を離脱しました。彼は、十字軍が東ローマ帝国にアンティオキアを返還する約束を反故にしたと主張しました。ボエモンは、タティキオスが裏切ったと非難し、アンティオキアを自己の領地とすることを主張し始めました。

3月には、イギリスの船団が補給物資を運び込みましたが、ヤギ＝シヤーンの軍勢に襲撃され、一部を失いました。十字軍は攻城塔を建設し、「ラ・マオメリー」という砦を築き、アンティオキアの封鎖を強化しました。また、聖ゲオルギオス門のそばに修道院を修復し、タンクレードが兵を配置しました。

4月には、エジプトのファーティマ朝の使者が和平交渉に訪れましたが、十字軍はエルサレムの領有を主張し、交渉は決裂しました。

アンティオキア陥落

5月末、北メソポタミアのモースルの領主ケルボガが大規模な援軍を率いてアンティオキアに迫りました。ケルボガ軍は、十字軍にとって非常に大きな脅威であり、十字軍はケルボガ軍が到着する前にアンティオキアを陥落させる必要がありました。ボエモンは、アンティオキアの守備兵であるアルメニア人フィルーズを買収し、城門を開けることを約束させました。

6月2日、フィルーズは約束通りに城門を開け、十字軍が市内に突入しました。市街地では、虐殺が繰り広げられました。ヤギ＝シヤーンは逃亡中に殺害され、その首がボエモンの元に届けられました。

第二段階：イスラム勢力による逆攻囲戦

6月3日、十字軍は市内のほとんどを制圧しましたが、山頂の城塞はまだ陥落していませんでした。6月5日、ケルボガが到着し、十字軍は逆に包囲される立場になりました。食糧不足や戦意喪失から脱走兵が相次ぎました。

6月10日、修道士ペトルス・バルトロメオが「聖槍」の発見を主張しました。十字軍は、聖槍の発見を神の啓示と信じ、戦意を高めました。6月27日には、隠者ピエールがケルボガの陣営に交渉に赴きましたが、交渉は決裂しました。

6月28日、十字軍は城外に出てケルボガ軍に攻撃を仕掛けました。戦闘は短時間で終わり、ケルボガ軍は撤退し、十字軍が勝利しました。

戦いの後

ケルボガ軍が撤退した後、山頂の城塞も降伏しました。ボエモンはアンティオキアの領有を主張し、レーモンと対立しました。十字軍はアンティオキアにとどまり、疫病が蔓延しました。8月1日には、教皇使節アデマールが病死し、十字軍は指導者を失いました。

アンティオキア攻囲戦は、十字軍の団結を試す試金石となりました。諸侯の対立や食糧不足、裏切りなど、多くの困難が十字軍を襲いましたが、最終的には勝利を収めました。1099年1月、ボエモンはアンティオキア公国の初代公爵となり、十字軍はエルサレムに向けて進軍を再開しました。

ペトルス・バルトロメオの聖槍発見は、後の時代に嘘であるという批判を受けましたが、彼の存在は十字軍兵士の士気を高め、勝利に大きく貢献しました。アンティオキア攻囲戦は、武勲詩の題材となり、伝説化が進みました。

もう一度検索