アンニーバレ・パドヴァーノ

アンニーバレ・パドヴァーノ（1527年頃 – 1575年3月15日）は、ルネサンス後期のイタリアで活躍した作曲家であり、優れたオルガン奏者でもありました。特に、ヴェネツィア楽派の一員として、鍵盤音楽の初期形式、とりわけトッカータの発展に寄与した人物として知られています。

生涯

パドヴァーノはその名の通り、イタリア北部の都市パドヴァで生まれたと考えられていますが、彼の幼少期や音楽教育に関する詳しい情報はほとんど残されていません。彼の活動が記録として確認できるのは、1552年 11月30日にヴェネツィアのサン・マルコ寺院の第一オルガン奏者に就任した時からです。彼はこの重要な役職を1565年まで13年間にわたって務めました。この頃、サン・マルコ寺院では、広大な空間に設置された2台のオルガンを同時に使用するという画期的な試みが行われるようになります。これは、すでに同楽派で確立されていた、離れた場所に配置した複数の合唱隊が交互に歌う複合唱様式（コッリ・スペッツァーティ）の原理を、器楽に応用したものであり、ヴェネツィア楽派の音楽史における重要な展開の一つでした。パドヴァーノが第一オルガン奏者を務めていた期間の後半にあたる8年間は、後に彼自身も第一オルガン奏者となるクラウディオ・メールロが第二オルガン奏者を務めており、二人は共にこの新しい演奏形態を担ったと考えられます。パドヴァーノが1565年にサン・マルコ寺院を辞した後、その後任にはメールロが就きました。

翌1566年、パドヴァーノはヴェネツィアを離れ、現在のオーストリアにあたるグラーツのハプスブルク家宮廷に移り仕えることになります。当時のヴェネツィア楽派の音楽家の中には、より恵まれた経済的支援を求めてハプスブルク家の領地に移る者が少なくありませんでしたが、彼らの多くは故郷ヴェネツィアとの交流を保ち続けていました。パドヴァーノはグラーツでその能力を高く評価され、1570年には宮廷楽長に任命されました。そして、その5年後の1575年3月15日、彼はこの地でその生涯を終えました。

作品と影響

アンニーバレ・パドヴァーノは、生涯にわたり声楽作品集としてモテット集とミサ曲集をそれぞれ1冊ずつ、そしてマドリガーレ集を2冊出版しています。しかし、彼は今日では主に器楽作品の作曲家として、特に鍵盤音楽における功績によって記憶されています。彼の器楽作品の中で重要な位置を占めるのがリチェルカーレです。リチェルカーレは後のフーガへと発展していく形式の初期段階にあたりますが、パドヴァーノは早くからこの形式に取り組み、重要な作品を残しました。彼のリチェルカーレでは、しばしばグレゴリオ聖歌などの単旋律聖歌から主題が採られています。これらの主題には、パドヴァーノによる豊かな装飾が加えられています。また、彼は主題を小さな動機（モチーフ）に分割し、それを展開していくという手法を用いており、これは当時としては驚くほど「近代的」な技法であったと言えます。

パドヴァーノの作品の中でも、おそらく最もよく知られ、歴史的にも重要なのは彼の一連のトッカータでしょう。彼のトッカータは、現代においてトッカータ形式を定義する際に用いられる「即興的で高度に装飾された鍵盤曲」という特徴を明確に示した最初期の作例の一つと考えられています。彼のトッカータは、自由で即興的な楽想の部分と、対位法的な模倣が含まれる部分が交互に現れる構造を持つことが一般的です。さらに、楽曲の中で二拍子と三拍子の間で拍子が頻繁に変化するという特徴も見られます。これらの構造や技法は、後の世代のヴェネツィア楽派の作曲家、例えばジョヴァンニ・ガブリエーリなどが鍵盤作品で展開していくスタイルを先取りしたものであり、パドヴァーノの器楽音楽史における影響の大きさを物語っています。彼の作品は、ヴェネツィア楽派が器楽、特に鍵盤音楽の分野で革新的な発展を遂げる上で、重要な礎を築いたと言えるでしょう。

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