アン (イギリス女王)

アン女王

アン（Anne Stuart, 1665年2月6日 - 1714年8月1日）は、ステュアート朝最後の君主として、また最初のグレートブリテン国王として歴史に名を刻みました。イングランド、スコットランド、アイルランドの君主として即位し、1707年の合同後はグレートブリテン女王となりました。ブランデーを好んだことから、「ブランデー・ナン」という通称でも知られています。

生い立ちと家族

1665年、後のジェームズ2世であるヨーク公ジェームズと、その最初の妻アン・ハイドの間に次女として誕生しました。姉には後のメアリー2世がいます。異母兄弟には、カトリックとして育ったジェームズ（老僭王）やルイーザなどがいました。姉妹は共に、ロンドン主教ヘンリー・コンプトンによる監督の下、プロテスタントとして育てられました。アンは学問にはあまり関心を示さず、読書や芸術よりも乗馬などの活動的な趣味を好んだと言われています。少女時代から親しかったサラ・ジェニングス（後のマールバラ公爵夫人）は、彼女の生涯にわたり大きな影響を与える友人でした。

結婚生活と悲劇的な子宝

1683年7月28日、デンマーク＝ノルウェー王フレデリク3世の次男であるヨウエン（ジョージ）親王と結婚しました。夫妻は互いに深い愛情を寄せ合いましたが、子宝には恵まれませんでした。アンは生涯で実に17回もの妊娠を経験しましたが、その多くが流産や死産に終わりました。生まれた子どもたちも、双子を含め、天然痘やその他の病気で生後間もなく、あるいは幼い頃に次々と命を落としました。唯一成人近くまで成長したグロスター公ウィリアム王子も、先天的な水頭症を抱えつつ11歳まで生き延びましたが、猩紅熱により夭折しました。これほどまでに妊娠・出産が困難を極めた背景には、抗リン脂質抗体症候群（APS）という疾患があった可能性が近年指摘されています。

名誉革命と宮廷内の波紋

1688年の名誉革命では、父ジェームズ2世が追放され、姉メアリーと義兄ウィリアムが共同統治者として即位しました。ウィリアム3世とメアリー2世には子がなかったため、アンは早い段階から王位継承者候補と目されました。しかし、アンの友人サラの夫であるマールバラ伯ジョン・チャーチルが、旧王ジェームズとの秘密通信疑惑で逮捕された際、アンがマールバラ伯を擁護したことから、メアリー2世との間に亀裂が生じました。一時は宮廷を離れて暮らすほど関係が悪化しましたが、1694年にメアリー2世が亡くなると、ウィリアム3世との関係は修復され、アンは再び宮廷に戻りました。

即位とグレートブリテン王国の誕生

1702年、ウィリアム3世の崩御に伴い、アンがイングランド、スコットランド、アイルランドの単独君主として即位しました。夫ジョージ親王は海軍総司令官に任命されましたが、統治には関与しませんでした。即位直後、スペイン継承戦争が本格化します。アン女王は信頼厚いマールバラ伯（後に公爵）を大陸戦線へ派遣し、彼はブレンハイムの戦いなどでフランス軍に勝利を収めるなど、目覚ましい活躍を見せました。この功績により、マールバラ公にはブレナム宮殿建設のための広大な領地と資金が与えられています。また、この戦争中にイギリス艦隊はジブラルタルを陥落させました。

治世最大の政治的成果は、1707年5月1日のイングランドとスコットランドの合同です。これによりグレートブリテン王国が成立し、アンは初代君主となりました。この合同は、特にステュアート朝の終焉が間近に迫る中、王位継承問題とも密接に関連していました。アン女王はまた、1708年にスコットランド民兵法案に対し拒否権を行使しましたが、これは現在に至るまでイギリス国王による最後の拒否権発動として知られています。

サラとの決別と晩年

女王の側近として絶大な影響力を持っていたマールバラ公爵夫人サラでしたが、次第に女王は彼女を疎ましく思うようになります。女王は戦争継続を主張するサラ（ホイッグ党支持）に対し、和平を望むようになり、サラの従妹アビゲイル・メイシャムを重用するなど、政治的なスタンスも変化していきました。1710年、ついにサラは宮廷から追放され、選挙の結果、和平推進派のトーリー党が政権を握ります。これによりマールバラ公も失脚し、スペイン継承戦争はユトレヒト条約締結へと向かいました。この条約により、イギリスはジブラルタルを含む重要な海外領土を獲得しました。

アン女王は晩年、ブランデーの飲み過ぎとも言われるほどの肥満に苦しみ、歩行が困難になり車椅子を使って移動するほどでした。棺も正方形に近い形だったと伝えられています。一方で、旧友のエリザベス・シーモアとは終生親交を続け、エリザベスを批判した作家ジョナサン・スウィフトの昇進を妨害した逸話も残っています。

後継者問題とステュアート朝の終焉

アン女王に成人した子がなかったことは、即位前から重大な懸念事項でした。父ジェームズ2世の異母弟ジェームズはカトリックであったため、議会はプロテスタント信仰を守るため彼の即位を認めませんでした。そこで、ジェームズ1世の孫にあたるハノーファー選帝侯妃ゾフィー（プロテスタント）とその子孫に王位継承権を与える王位継承法が1701年に制定されました。これは、グロスター公ウィリアム王子が夭折し、女王の出産が全て失敗に終わったことを受けての措置でした。

1714年8月1日、アン女王が崩御すると、ステュアート朝は断絶しました。継承法で定められていたゾフィーは女王崩御に先立つ6月に亡くなっていたため、その長男であるハノーファー選帝侯ゲオルク・ルートヴィヒが英国に迎えられ、ジョージ1世として即位し、ハノーヴァー朝が始まりました。これにより、長年の懸念であった後継者問題は一旦の決着を見ますが、ジャコバイトによる反乱（ジェームズを支持する動き）はその後も続きました。ジョージ1世の治世以降、イギリスでは議会制民主主義がさらに発展していくことになります。

アン女王の治世は、戦争、国家統合、そして王朝の交代という激動の時代でした。個人的な不幸を抱えながらも、彼女は国家の変革期において重要な役割を果たしました。

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