アーケゾア

アーケゾア (Archezoa)

アーケゾアとは、かつて真核生物の進化の初期段階を示すものとして提案された分類群であり、ミトコンドリアを持たない生物群を指す用語です。その名称は「古い動物」を意味し、1983年に生物学者トーマス・キャバリエ＝スミスによって導入されました。当初は真核生物の系統樹の根元に位置する原始的なグループと考えられましたが、その後の分子生物学的な知見の蓄積により、この概念は現在では用いられなくなっています。

特徴

アーケゾアに分類された生物は、共通してミトコンドリアを欠く点を特徴としていました。さらに、ペルオキシソームが見られないことや、ゴルジ体が未発達であることも、原始的な特徴と考えられていました。

アーケゾア仮説とその背景

真核生物の誕生は、細胞核を持たない原核生物が、別の原核生物を細胞内に取り込み共生させる「細胞内共生」によって起こったとする説が広く受け入れられています。真核生物の多くの種に見られる重要な細胞内小器官（オルガネラ）であるミトコンドリアも、好気性バクテリアが細胞内に共生することによって獲得されたと考えられています。

アーケゾア仮説は、まず細胞核を獲得した初期の真核生物（protoeukaryote）が存在し、その後になって好気性バクテリアを取り込むことでミトコンドリアを獲得した、というシナリオを提案しました。この仮説において、アーケゾアとされる生物群は、ミトコンドリアを獲得する以前の原始的な真核生物の子孫であり、彼らの存在が仮説を支持する証拠と見なされました。当時の分子系統解析の結果も、アーケゾアを真核生物の系統樹の最も初期の部分に位置づけていたことが、この見方を補強していました。

この「アーケゾア仮説」は、大きく分けて二つの主張を含んでいました。

1. すでに細胞核を持つ原始的な真核生物が、細胞内共生によってミトコンドリアを獲得した。
2. ミトコンドリアを獲得する前の原始的な真核生物の子孫が、現生のアーケゾアである。

仮説の否定と分類概念の変遷

しかし、20世紀末にかけて分子生物学的な研究が進むにつれて、アーケゾア仮説は大きく揺らぎ始めます。アーケゾアとして分類されていた生物群について詳細に調べた結果、彼らがミトコンドリアを全く持たない原始的な生物ではなく、実はミトコンドリアを持つ共通祖先から派生し、その後にミトコンドリアを二次的に失った、あるいは痕跡的なオルガネラ（ヒドロゲノソームやマイトソームなど）として保持していることが明らかになっていったのです。また、アーケゾアが系統樹の基部に位置づけられた当時の解析結果は、解析手法が未成熟であったために生じた人工的な結果であると考えられるようになりました。

アーケゾアという分類概念は、提唱後にその構成要素が次々と見直され、縮小していきました。

1983年: 原生動物界の亜界として提唱。パラバサリア、メタモナス、微胞子虫、アーケアメーバを含む。
1987年: 界・上界に昇格。より原始的な位置付けとされたが、パラバサリアが除外される。パラバサリアにはミトコンドリア由来とされるヒドロゲノソームが見つかっており、明瞭なゴルジ体を持つ点も原始的特徴と合わないと判断された。
1991年以降: アーケアメーバ（エントアメーバ科など）が、寄生性であることや初期の系統解析結果から、ミトコンドリアを二次的に失った可能性が指摘され、段階的に除外されていった。これらのグループからもミトコンドリア由来のマイトソームが後に確認された。
1998年: 微胞子虫が除外される。微胞子虫は寄生性であり、単純な構造は退縮と考えられた。分子系統解析や、キチン質の細胞壁を持つといった特徴から、真菌との近縁性が強く示されたためである。微胞子虫からもマイトソームが見つかっている。
1998年: 真核生物をアーケゾアとMetakaryotaに二分する上界の分類は破棄される。この頃、かつて除外されたパラバサリアが「原生動物界アーケゾア亜界」に一時的に戻されたが、この場合のアーケゾアはミトコンドリアの起源とは無関係に、ペルオキシソームやイントロンを持たない真核生物という全く異なる定義に基づくものだった。
2003年: 最後に残ったメタモナス（ランブル鞭毛虫など）からもミトコンドリア由来のオルガネラ（マイトソーム、イントロン、ペルオキシソームなど）が次々と発見され、二次的喪失であることが確実視されるようになる。これにより、「アーケゾア」という分類概念は完全に放棄された。

現代の進化研究との関連

アーケゾア仮説の後半部分、つまりアーケゾアはミトコンドリア獲得前の原始的な真核生物の子孫であるという主張は否定されました。しかし、仮説の前半部分である「細胞核を持つ原始的な真核生物が後からミトコンドリアを獲得した」というシナリオ自体は、完全に否定されたわけではありません。近年、真核生物の祖先に近いとされるアスガルド古細菌において、細胞骨格や内膜系に関連する真核生物様の遺伝子が見つかったことや、一部の真正細菌が食作用のような現象を行うことが示唆されるなど、原核生物から真核生物への進化、および細胞内共生に関する新しい知見が得られており、ミトコンドリアの獲得プロセスに関する議論は現在も続いています。

結論

アーケゾアは、真核生物の進化におけるミトコンドリア獲得の過程を説明しようとした初期の仮説に基づいた分類概念でした。しかし、その後の分子生物学的な研究により、含まれる全ての生物群がミトコンドリアを二次的に失った生物であることが判明し、学術的な概念としては役割を終え、現在は歴史的な用語として扱われています。

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