イキレス

イキレス：モンゴル帝国を支えた姻族

イキレス（モンゴル語: Iqires）は、かつてモンゴル高原で活動した遊牧民族です。コンギラト部族の一派であり、モンゴル部族と代々姻戚関係を結び、モンゴル帝国において多数の后妃を輩出したことで知られています。

イキレスの起源と遊牧地

『集史』「コンギラト部族志」によれば、コンギラト諸部族は「黄金の壺」から生まれた始祖を同じくする一族であり、「黄金の壺」の第2子クバイ・シラからイキレス、オルクヌウトという2つの部族が生じたとされています。コンギラト諸部族は古くからモンゴル部と通婚関係を保ってきた姻族であり、この「黄金の壺」伝承はモンゴル部の「アラン・コア伝承」と相関関係にあると考えられています。

イキレス部の遊牧地について、『集史』は「カラウン・ジドゥン(現在のヒンガン山脈)」、『元史』は「エルグネ河(現在のアルグン川)」にあったと伝えています。

チンギス・カンとの関係

12世紀末、テムジン(後のチンギス・カン)が勢力を拡大していた頃、イキレス部の長はブトゥという人物でした。テムジンはイキレス部を取り込むため、妹テムルンをブトゥに嫁がせることを提案します。ブトゥはこれを受け入れ「キュレゲン(駙馬/婿)」となり、チンギス・カンの勢力に参加しました。

1206年、チンギス・カンがモンゴル帝国を建国すると、ブトゥは帝国の幹部層である千人隊長(ミンガン)に任ぜられました。ブトゥは『元朝秘史』の功臣表では87位、『集史』「チンギス・カン紀」の「千人隊長一覧」では左翼4番目の千人隊長として名前が挙げられています。1213年の金朝遠征では遼西一帯の攻略を担当し、その功績によって冠州(現在の冠県)と懿州(現在の阜新市)を与えられ、これらは元末までブトゥ家の投下領として受け継がれました。

「左手の五投下」の一翼

[1218年]]、チンギス・カンは金朝侵攻の指揮権をムカリに委ね、ケフテイ(ウルウト部)、モンケ・カルジャ(マングト部)、アルチ・ノヤン(コンギラト部)、ブトゥ・キュレゲン]らがその指揮下に入りました。この内、[[ジャライル部・マングト部・コンギラト部・ウルウト部・イキレス部の5部は「左手の五投下」と総称され、以後一つの軍団として扱われることが多くなりました。

クビライ政権への支持

帝位継承戦争において、五投下諸部族はクビライを強く支持し、シムルトゥ・ノールの戦いなどで活躍しました。クビライは首都として大都・上都を建設しましたが、その首都圏は「五投下」の遊牧地に隣接しており、彼らに便宜を図る意図があったと考えられています。

北元以降

1368年に大元ウルスが大都を失い北遷した後(北元)のイキレス部の動向は不明です。

イキレス駙馬王家

イキレスはチンギス・カン一族との婚姻関係を重視し、多数の王女を娶ることで、その地位を確固たるものとしました。以下に主なイキレス駙馬王家と王女の関係を示します。

ノクズ（Nokuz）
昌忠武王ブトゥ・キュレゲン（Butu Küregen）
昌武定王フルダイ・キュレゲン（Huldai Küregen）
忠靖王ジャクルチン（J̌aqurčin Küregen）
ユレクテイ（Yürektei）
トベテイ（Töbetei）
昌忠宣王クリル（Quril Küregen）
昌王アシク（Ašiq Küregen）
昌王バラシリ（Balaširi Küregen）
昌王シーラップ・ドルジ（Širap Dorǰi Küregen）
クトクタイ・カトン（Qutuqtai Qatun）
デレケイ・キュレゲン（Derekei Küregen）
ブカ（Buqa）
ソゲドゥ（Sögedü）
ブリルギデイ（Bürilgidei）

婚姻関係を結んだ主な王女

昌国大長公主テムルン(Temülün): ブトゥに嫁ぐ
昌国大長公主コアジン・ベキ(Qoačin begi): ブトゥに嫁ぐ
昌国大長公主イキレス(Ikires): デレケイに嫁ぐ
昌国大長公主チャブン(Čabun): デレケイに嫁ぐ
昌国大長公主アルトゥン(Altun): フルダイに嫁ぐ
ウルウジン公主(Yesünǰin): ブカに嫁ぐ
昌国大長公主イェスンジン(Yesünüǰin): フルダイに嫁ぐ
ルルカン公主(Luluqan): ソゲドゥに嫁ぐ
ルルン公主(Lulun): ソゲドゥに嫁ぐ
昌国大長公主バヤルン(Bayalun): クリルに嫁ぐ
昌国大長公主ブラルキ(Bulargi): クリルに嫁ぐ
ブヤンケルミシュ公主(Buyankelmiš): ブリルギデイに嫁ぐ
昌国大長公主イリク・カヤ(Ilig qaya): アシクに嫁ぐ
昌国大長公主マイディ(Maidi): アシクに嫁ぐ
昌国大長公主エル・カヤ(El qaya): バラシリに嫁ぐ
昌国大長公主[ウルク]: シーラップ・ドルジに嫁ぐ
ヌウルン公主(Nu'ulun): ソロンガに嫁ぐ


イキレス部は、モンゴル帝国において姻戚関係を通じて重要な地位を占め、帝国の発展に大きく貢献しました。その歴史は、モンゴル帝国の構造を理解する上で欠かせない要素と言えるでしょう。

参考文献

志茂碩敏『モンゴル帝国史研究 正篇』東京大学出版会、2013年
杉山正明『モンゴル帝国と大元ウルス』京都大学学術出版会、2004年
* 村上正二訳注『モンゴル秘史 1巻』平凡社、1970年

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