ブヤンケルミシュ

ブヤンケルミシュ（生没年不詳）は、モンゴル帝国の第10代皇帝イェスン・テムルの母であり、コンギラト部出身の女性です。『元史』などの漢文史料では普顔怯里迷失と表記されます。

1293年、ブヤンケルミシュはモンゴル高原のケルレン河流域にある晋王府に赴き、晋王カマラの妃となりました。1302年にカマラが亡くなると、長男のイェスン・テムルが晋王位を継承しました。

当時、コンギラト部はクビライ家の姻族として最大の勢力を誇っていました。カマラの祖母チャブイ、母親ココジン、弟の妃ダギはいずれもコンギラト部出身であり、コンギラト部は莫大な財産と威信を有していました。特にダギは、2人の息子（カイシャン、アユルバルワダ）がカアンとなったことで絶大な権力を獲得し、興聖宮を拠点として朝廷の実権を掌握しました。

しかし、ダギの孫にあたるゲゲーン・カアン（英宗シデバラ）は、コンギラト派の専横を嫌い、ダギの死後に興聖宮の下で利権を得ていたコンギラト派官僚を弾圧しました。ゲゲーン・カアンの弾圧に危機感を覚えたコンギラト派官僚はテクシを中心として結集し、1323年8月にゲゲーン・カアンを暗殺しました（南坡の変）。

ゲゲーン・カアンを暗殺したテクシらは、モンゴル高原に使者を派遣してイェスン・テムルを推戴する意思を伝え、イェスン・テムルが第10代カアンに即位することとなりました。即位したイェスン・テムル・カアンは両親を追尊し、父カマラを光聖仁孝皇帝（顕宗）、母ブヤンケルミシュを宣懿淑聖皇后と諡しました。

当時、より有力なカアン候補としてコシラ（後の明宗）とトク・テムル（後の文宗）がいたにもかかわらず、テクシらがやや遠縁のイェスン・テムルを推戴したのは、前2者がコンギラト妃の生まれでなかったのに対し、イェスン・テムルがコンギラト出身のブヤンケルミシュを母としていたためではないか、という説があります。イェスン・テムル・カアンが死ぬと天暦の内乱が生じ、コシラとトク・テムルが即位したため、イェスン・テムルが最後のコンギラト妃を母とするカアンとなりました。

参考文献
岡田英弘『モンゴル帝国から大清帝国へ』藤原書店、2010年
『元史』巻116列伝3
* 『新元史』巻104列伝1

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