イクター

イクター制とその歴史的背景

イクター（アラビア語: إقطاع）は、イスラーム世界において主に軍人に与えられた土地と徴税権を指します。この制度は、10世紀半ばにイラクで成立し、近代まで広範囲にわたる変容を遂げました。イクターを持つ人は「ムクター」と呼ばれ、君主への軍事奉仕の義務を果たすことで土地を管理し、徴税権を行使する権利が与えられました。イクター制はイスラームにおける経済と社会構造の基幹を形成し、さまざまな地域で異なる形で発展していきました。

イクター制の成立と背景

アッバース朝時代、カリフの権威は次第に衰退しました。この背景には、トルコ人奴隷軍人の台頭や、地方政権の自立がありました。アッバース朝は財政が悪化し、軍人に対して従来の俸給支払いが困難になっていました。948年、ブワイフ朝のムイッズ・アッ＝ダウラが土地のイクターを軍人に与える新制度を設けました。この制度は徐々に普及し、様々な地域に広がりました。

イクター制の発展

イクター制の導入にともない、農村の土地はイクターとして再編され、地域社会の変革が進みました。これにより、地方の有力者の権威が減少し、軍人たちが農村を支配するようになりました。イクター制はまた、トルコ人奴隷兵らが実際の管理に当たることが一般的となり、地方の農業や管理に大きな影響を与えました。この制度は特にブワイフ朝からセルジューク朝、さらにザンギー朝、アイユーブ朝に至るまで広がりました。

イクター保有者の義務と権利

イクターを保持する者には、君主に対する軍事奉仕義務が課せられていました。特にアイユーブ朝では、軍事奉仕の他に建設事業（イマーラ）の遂行も求められました。イクターからの収入は、地租（ハラージュ）のような税金から得られ、経済活動に直接的な影響を及ぼしました。時代によっては、イクターの譲渡権や世襲権などが地域差を持つようになりました。

エジプトにおけるイクター制

マムルーク朝において、イクターはさらに進展しました。スルターンは地方の管理を強化し、イクター保有者の監督を図りました。この時代のイクター制は、土地と有力者との結びつきが希薄になりつつもあり、国家の管理権が強くなりました。しかし、ペストの大流行やワクフ制度の普及が経済を脅かし、イクター制の根幹が揺らぎました。

イランにおけるイクター制

イランでは、セルジューク朝からホラズム・シャー朝を経てモンゴルによる支配により、イクター制度は形を変えながら存続しました。モンゴル時代には、イクター制が新たに設けられ、農民から徴収される税金の取り扱いが一変しました。土地は軍人に分配され、農業が行われるようになり、これがイランの政治的分裂の要因ともなりました。

結論

イクター制は、イスラーム世界の土地所有と徴税の姿勢を大きく変え、経済と社会構造に深い影響を与えました。同時に、土地制度の変遷は政治的権力の変動にも繋がっており、地域ごとに異なる形で発展していったことが特徴です。特に、中央集権的な体制を強化しつつも現場の有力者との関係が複雑に絡むことで、イクター制はイスラーム圏の特殊な制度として今なお多くの研究が求められています。

もう一度検索