ブワイフ朝

ブワイフ朝：10-11世紀のイラン・イラクを支配した王朝

ブワイフ朝（932年 - 1062年）は、現在のイランとイラクを中心とした地域を支配したイスラム王朝です。その起源は、カスピ海南岸の山岳地帯であるダイラム地方に遡ります。この地出身の豪族であり、シーア派の一派である十二イマーム派を奉じるブワイフ家が王朝を興しました。ブワイフという名前は、ペルシア語の発音ではブーヤとも呼ばれます。

建国と拡大

ブワイフ朝を築いたのは、ブワイフを父に持つ三兄弟でした。彼らは10世紀前半に、ダイラム人歩兵部隊を率いる軍人として、イラン北西部のタバリスターン地方を支配していたズィヤール朝に仕え、頭角を現しました。932年にはイラン南部のファールス地方に進出し、ここでブワイフ朝の支配を確立します。長男のイマード・アッダウラはファールスの支配者となり、ズィヤール朝の内紛に乗じて独立を果たしました。

さらに、彼は二人の弟を東西に派遣し、次男のルクン・アッダウラは北西部のジバール地方に進出して政権を樹立。三男のムイッズ・アッダウラは、当初ケルマーン地方を支配しました。

バグダード入城とアッバース朝カリフの傀儡化

ムイッズ・アッダウラは945年にイラク地方に進出し、バグダードに入城を果たします。そして、アッバース朝のカリフからイラク地方の世俗支配権を持つ大アミールに任命されました。これにより、カリフは実権を失い、ブワイフ朝がイラクの支配権を握るという構造が確立しました。

ブワイフ朝は、三兄弟とその子孫からなる王族たちによって、ファールス、ジバール、イラクの3つの主要な政権と、その他の小規模な政権からなる連合体として統治されました。王族の中で最年長の者が、ブワイフ家の家長として王朝全体を指揮する体制が築かれました。

最盛期と衰退

ムイッズ・アッダウラの死後、イラク政権を継承した息子のイッズ・アッダウラはバグダードの統治力を失い、978年にファールス政権のアドゥド・アッダウラに追われる事態となります。アドゥド・アッダウラは、農業生産性の高いファールスと肥沃なイラクを統一し、イラクの統治を安定させ、ブワイフ朝の最盛期をもたらしました。しかし、彼の死後、後継者争いが激化し、王朝は分裂の様相を呈していきます。

その後、北方のハムダーン朝や東方のアフガニスタンのガズナ朝からの圧迫を受け、領土は徐々に侵食されていきました。11世紀半ばには、イラクなどの支配はテュルク系のマムルークに牛耳られ、ブワイフ朝は形骸化していきます。そして、東方からセルジューク朝が勢力を拡大し、1055年にバグダードを制圧。1062年には、ファールス地方の最後のブワイフ朝政権が滅亡し、ブワイフ朝はその歴史に幕を閉じました。

統治体制と文化

ブワイフ朝は、十二イマーム派という当時イランでは少数派であった宗派を信奉していました。そのため、スンナ派が多数を占めるイラン・イラクを支配するためには、カリフの権威を利用する必要がありました。ブワイフ朝は、自身はシーア派でありながらスンナ派のカリフを保護し、カリフから世俗支配を委ねられた大アミールの地位を得ることで、支配の正当性を確保しました。

王朝を支えたのは、精強なダイラム人の軍事力でしたが、後にマムルークも採用するようになります。しかし、軍人への俸給を支払うための財政基盤は脆弱であり、ムイッズ・アッダウラは946年にイクター制を導入しました。これは、特定の土地から上がる税を軍人に徴収させる制度で、後のイスラム王朝にも広く影響を与えました。

ブワイフ朝はイラン系の王朝であり、官僚もペルシア人が多くを占めましたが、公用語はアラビア語でした。宮廷にはアラブ人やペルシア人の文人が集まり、アラブ文学の優れた作品が数多く生まれました。

宗教的側面

ブワイフ朝はシーア派王朝として知られていますが、当初はザイド派を信奉していた可能性も指摘されています。宗教的信条よりも、宗教の政治的側面に重きを置いており、各宗派間のパワーバランスを調整することに腐心しました。シーア派に好意的であり、十二イマーム派の宗教活動が公然と行われるようになりました。

ブワイフ朝の成立は、シーア派とスンナ派の対立を激化させたとされていますが、実際には対立は以前から存在しており、ブワイフ朝は対立構造の中で自らの立場を確立していきました。

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