イタリアのハロルド

『イタリアのハロルド』：ベルリオーズの独創的なヴィオラ付き交響曲

エクトル・ベルリオーズが作曲した『イタリアのハロルド』（Harold en Italie）作品16は、ヴィオラ独奏を伴う4楽章構成の交響曲です。1834年6月に完成し、ベルリオーズの代表作の一つとして知られています。

作曲の経緯

この作品は、ヴァイオリニストのニコロ・パガニーニの依頼がきっかけで生まれました。1833年、パガニーニはベルリオーズの『幻想交響曲』に感銘を受け、自身が所有するストラディバリウスのヴィオラのために協奏曲を作曲してほしいと依頼しました。当時、パガニーニはヴァイオリンのヴィルトゥオーソとして絶大な人気を誇っており、ベルリオーズはこの依頼を快諾しました。

当初、ベルリオーズは管弦楽と合唱、独奏ヴィオラのための幻想曲「マリー・ステュアートの最期」を構想していました。しかし、パガニーニは、ベルリオーズが作曲した独奏ヴィオラのパートが、自分の名人芸を披露するには物足りないと落胆し、この計画は頓挫しました。ベルリオーズは、パガニーニが満足するような曲は自分には書けないと考え、作曲を諦めました。

しかし、ベルリオーズは、途中まで作曲していたこの曲を、パガニーニの意図からは離れ、ヴィオラ独奏を伴う交響曲として完成させることにしました。この作品が、現在知られている『イタリアのハロルド』です。

初演の4年後、この作品を初めて聴いたパガニーニは、ベルリオーズの楽屋を訪れ、「ベートーヴェンの後継者はベルリオーズ以外にいない」と賛辞を贈り、2万フランという大金を贈りました。この出来事に感激したベルリオーズは、劇的交響曲『ロメオとジュリエット』を作曲し、パガニーニに献呈しています。

楽曲の内容

『イタリアのハロルド』は、第1楽章でヴィオラ独奏が活躍しますが、楽章が進むにつれてヴィオラの出番が少なくなっていくという独特な構成になっています。副題に「ヴィオラ独奏つきの交響曲」とあるように、第1楽章はソナタ形式、第2楽章は緩徐楽章、第3楽章はスケルツォ楽章という、交響曲の伝統的な形式を踏襲しています。

第4楽章は、ベートーヴェンの交響曲第9番を意識したかのように、それまでの楽章の旋律が断片的に回想されるフィナーレとなっています。また、第1楽章で提示される「ハロルドの主題」が、全楽章に形を変えて登場するという構成は、ベルリオーズが『幻想交響曲』で試みた「イデー・フィクス」（固定楽想）の手法を継承しています。これらの要素から、『イタリアのハロルド』はヴィオラ協奏曲というよりも、標題的な交響曲として捉えるのが適切であると考えられます。

初演と編成

1834年11月23日、パリ音楽院ホールにおいて、ユランのヴィオラ独奏、ジラールの指揮によって初演されました。初演には、ユゴー、デュマ、ハイネといった文学者や、リスト、ショパンなどの音楽家が訪れました。

編成は、以下の通りです。
木管楽器：フルート2（ピッコロ持ち替え）、オーボエ2（コーラングレ持ち替え）、クラリネット2、ファゴット4
金管楽器：ホルン4、コルネット2、トランペット2、トロンボーン3、オフィクレイド1（現在ではテューバで演奏）
打楽器：ティンパニ、小太鼓2、シンバル、トライアングル
その他：独奏ヴィオラ、弦五部、ハープ

楽曲構成

この作品は、ジョージ・ゴードン・バイロンの長編詩『チャイルド・ハロルドの巡礼』に着想を得ており、各楽章には以下のような標題が付けられています。

第1楽章「山におけるハロルド、憂愁、幸福と歓喜の場面」：ゆっくりした序奏と、ソナタ形式によるアレグロ主部で構成され、ハロルドの複雑な感情が表現されます。
第2楽章「夕べの祈祷を歌う巡礼の行列」：巡礼者たちが歌う賛歌が、美しい旋律で描かれます。
第3楽章「アブルッチの山人が、その愛人によせるセレナード」：舞曲調の楽章で、イタリアの民謡が用いられています。
第4楽章「山賊の饗宴、前後の追想」：山賊たちの騒ぎの中で、過去の楽章の主題が回想されます。最後は山賊の主題が荒れ狂い、終結します。

演奏史

ベルリオーズ自身も生前、何度かこの作品を演奏しました。ブラームスがドイツでこの作品を指揮したという記録もあります。

演奏には高度な技術が要求されるため、また、ヴィオラ独奏付き交響曲という特殊な形態のため、『幻想交響曲』ほど定番レパートリーとしては定着しませんでした。しかし、20世紀に入り、ヴィオラ独奏のレパートリーが拡充されるにつれて、この作品も再評価が進みました。

1944年にウィリアム・プリムローズのヴィオラ、セルゲイ・クーセヴィツキーの指揮、ボストン交響楽団の演奏で初録音が行われました。プリムローズは、この作品の初期のスペシャリストとして活躍しました。

トスカニーニやシャルル・ミュンシュらの演奏が初期の名盤として知られており、ベルリオーズ作品の再評価に貢献したコリン・デイヴィスは、存命中3度録音を行っています。

近年では、ジョン・エリオット・ガーディナー指揮=オルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティックをはじめ、マルク・ミンコフスキ、フランソワ=グザヴィエ・ロトなど、ピリオド楽器を用いた演奏も行われています。

日本初演は1953年9月7日、渡邉暁雄の指揮、河野俊達のヴィオラ独奏、東京フィルハーモニー交響楽団によって行われました。

永井荷風は、1908年にリヨン歌劇場でこの作品を聴いたことを自身の記録に残しており、小説「ひとり旅」の中でも、この作品について詳しく触れています。

関連作品

フランツ・リストは、この作品のオーケストラ・パートをピアノに編曲した、『ヴィオラとピアノのための「イタリアのハロルド」』(S.472)を作曲しました。

まとめ

『イタリアのハロルド』は、ベルリオーズの独創性が際立つ作品です。ヴィオラ独奏の魅力を最大限に引き出しつつ、交響曲としての構成も重視されています。標題音楽としての文学的な深みと、演奏技術の高さが求められる点も魅力の一つです。今日でも多くの演奏家によって取り上げられ、その魅力は色褪せることなく、聴衆を魅了し続けています。

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