イリュリア州

イリュリア州：ナポレオンの支配下で変貌したアドリア海沿岸

イリュリア州（フランス語: Provinces illyriennes）は、1809年から1813年まで、ナポレオン1世のフランス帝国によってアドリア海北岸から東岸にかけて設置された州です。この地域は、古代のイリュリアにちなんで名付けられ、南スラヴ人の居住地域を包含していました。日本ではイリュリア諸州、イリリア諸州とも呼ばれますが、本稿ではイリュリア州で統一します。

歴史

イリュリア州の成立は、1809年のヴァグラムの戦いでのオーストリア帝国の敗北と、その後のシェーンブルン条約が深く関わっています。この条約によって、オーストリア帝国はケルンテン公国、カルニオラ公国、サヴァ川以南のクロアチア王国、フリウリ地方、そして帝国自由都市トリエステをフランスに割譲しました。これらの領土は、アドリア海の北から東にかけて連続しており、ダルマチアと連合してイリュリア州を形成しました。事実上、フランスの一部として扱われ、州都はリュブリャナ（現在のスロベニア）に置かれました。さらに、1808年にはラグーサ共和国がフランスに併合され、イリュリア州の一部として組み込まれました。

フランスは、州の行政機関を整備し、フランス民法典を導入しました。初代州総督にはオーギュスト・マルモンが任命され、その後、アンリ・ガティアン・ベルトラン、ジャン＝アンドシュ・ジュノー、そしてジョゼフ・フーシェが後任を務めました。しかし、この統治は短期間で終わりを告げます。イギリス海軍によるアドリア海の封鎖や、フランス軍のヴィス島奪還作戦の失敗が続き、さらに1813年8月にはオーストリアがフランスに宣戦布告し、フランツ・トマシュヒ率いるオーストリア軍がイリュリア州へ侵攻しました。

クロアチア軍は、かつての宗主国オーストリアに敵対しフランス側につきました。ザダルは包囲の末にオーストリア軍に降伏。ドゥブロヴニクではフランス人が追放され、ラグーサ共和国復活を願う動きが起こりました。コトル湾周辺はモンテネグロ君主国に占領され、1815年6月のワーテルローの戦いでイギリスが勝利し、占領していたダルマチア諸島から撤退しました。

行政区画

イリュリア州は、事実上7つの県から構成されていました。カリンティア（県都リンツ）、イストリア（県都トリエステ）、カルニオラ（県都リュブリャナ）、民政クロアチア（県都カルロヴァツ）、クロアチア軍政管区（県都セーニ）、ダルマチア（県都ザダル）、そしてラグーサ及びコトル（県都ドゥブロヴニク）です。1811年には行政再編が行われ、州は4つの地方行政区（リュブリャナ、カルロヴァツ、トリエステ、ザダル）と10の郡に分割されました。さらに1年後には、フィラッハ、ゴリツィア、リエカ、ドゥブロヴニクが加わり、地方行政区は8つに拡大しました。トリエステとドゥブロヴニクには貿易事務所が開設され、カトリック教会の制度も再編され、リュブリャナとザダルに大司教座が設置されました。

人口

1811年時点でのイリュリア州の人口は、合計1,504,258人でした。リュブリャナ行政区が460,116人、カルロヴァツ行政区が381,000人、トリエステ行政区が357,857人、ザダル行政区が305,285人でした。フランスの法令によりユダヤ人が解放されましたが、1815年以降ハプスブルク家の制限で廃止され、ユダヤ人はカルニオラ内での移動を法律で禁じられました。

文化・教育

イリュリア州には25校のギムナジウムがあり、州の公式新聞『テレグラフ・オフィシエル』を通じて、フランス語、ドイツ語、スロベニア語で公布書が発表されました。このスラヴ語の公用語への登用は、現代スロベニア語の発展に大きな影響を与えました。また、スロベニア人の官吏が多数採用されたことも特徴です。フランスによる支配は、重税という負の側面もありましたが、ドイツ化への反感から知識階級を中心にフランスの政策を支持する人々もいました。1811年から1813年の間、フランス人作家シャルル・ノディエがリュブリャナで新聞編集者として働いていました。

その後のイリュリア州

ウィーン議定書によって、イリュリア州はオーストリアに返還されました。オーストリアはダルマチアとドゥブロヴニクを除いた地域をイリュリア王国として再編し、クロアチアの民政はハンガリー行政下で開始されました。しかし、ハンガリーによる強硬なハンガリー化政策はクロアチアとの衝突を激化させました。クレメンス・メッテルニヒが宰相になると、イリュリア王国では再びドイツ化が強力に進められ、民族的自覚を求める動きは厳しく弾圧されました。イリュリア王国は1849年に正式に廃止されました。

文献

* Bundy, Frank J. (1988). The Administration of the Illyrian Provinces of the French Empire, 1809-1813. Taylor & Francis. ISBN 0-8240-8032-7

外部リンク

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