インド系ビルマ人

インド系ビルマ人とは

インド系ビルマ人（Burmese Indians）は、東南アジアのミャンマー（旧称ビルマ）に暮らす、南アジア諸地域にルーツを持つ人々の総称です。ここでいう南アジアには、現代のインドやバングラデシュなどが含まれます。古くからミャンマーの地にはインド系住民が存在していましたが、現在この集団を構成する人々の大半は、19世紀中頃にビルマがイギリスの植民地となって以降に移住してきた人々の末裔です。この植民地時代、彼らは兵士、行政官、商人、金融業者、そして様々な分野の労働者として、当時のビルマの政治・経済活動を力強く支えました。しかし、1930年代の反インド暴動や、1942年から始まった日本による占領期、そして1960年代の資産没収など、彼らは様々な困難に直面してきました。

現在、インド系ビルマ人はミャンマーの総人口の約5%を占めており、その数は200万人から250万人と推定されています。主な居住地は、ヤンゴンやマンダレーといった大都市のほか、ピンウールウィンやカローのようなかつて植民都市として発展した地域です。現代のミャンマー社会においても、彼らは経済活動の一翼を担い、社会文化的な多様性をもたらす存在であり続けています。

歴史的経緯

古代からの交流と植民地期の大量流入

ミャンマーと南アジア地域の関係は古く、11世紀のパガン王朝時代の碑文には、インド系住民を示すとみられるビルマ語の「カラー」という言葉が見られます。古くから、交易のため、あるいは地域の争いの結果として、少数のインド系住民がビルマ各地に定着していました。しかし、インド系住民が大規模に流入したのは、英緬戦争を経てビルマがイギリス領インド帝国の一部となった1852年以降です。

この時代、ビルマはイギリスの行政下に入り、インドとの間の人の移動に制約がほとんどありませんでした。経済発展の機会を求めて、多くのインド系住民が地方行政官や労働者として移住してきました。特に19世紀後半、イラワジ川デルタ地帯が開拓され、輸出用米の生産・加工が盛んになると、港湾都市を中心にさらに多くの労働者が流れ込みました。

下ビルマにおけるインド系人口は、1871年の37,000人から1901年には297,000人へと激増しました。このうち86%はビルマ以外の地域からの出身者でした。当時の移民の多くは、マドラス管区（現在のタミル・ナードゥ州など）やベンガル管区（現在の西ベンガル州、バングラデシュなど）の出身でした。特にマドラス管区出身者が多くを占め、19世紀後半には60%を超えました。この植民地期のビルマでは、ビルマ人が農耕を担い、都市部のビルマ人やインド人が米の加工・輸出を行うといった民族ごとの分業体制が見られ、植民地行政官・歴史学者のジョン・ファーニヴァルはこれを「複合社会」と呼びました。

1935年にビルマはイギリス領インドから分離されましたが、第二次世界大戦が始まるまでインド系移民の増加は止まりませんでした。1931年には、ビルマのインド系人口は総人口の約7%にあたる100万人を超え、特に下ビルマに集中しました。同年の国勢調査では、ラングーン（現ヤンゴン）の総人口約40万人のうち、半数以上にあたる約21万人がインド系住民でした。

反インド感情と暴動

インド系住民の人口増加や経済における影響力の拡大は、ビルマ人の間で反感を招くことにつながりました。特に、マドラス管区出身のチェッティヤーと呼ばれる商人カーストは、下ビルマの農民相手に高利貸しを営み、1930年代の米価暴落時には農地の差し押さえを頻繁に行いました。これが不在地主の増加につながり、高まるビルマ人民族主義の中で、チェッティヤーは憎悪の的となりました。

1930年5月には、ラングーンで大規模な反インド暴動が発生しました。これは、インド人港湾労働者のストライキに対し、経営者がビルマ人労働者を雇用したことがきっかけで、ストライキが終結しインド人労働者が職場に戻った際にビルマ人労働者との間に衝突が生じたものです。この衝突は市内に広がり、近隣都市にも波及し、最終的に200人以上のインド系住民が犠牲となりました。この暴動の最中に、後のビルマ独立運動を主導するタキン党（われらバマー人連盟）が初めて公の場に姿を現しました。

1938年にも、仏教僧による仏教を批判する書籍への排斥運動が発端となり、インド系移民全体に対する激しい集団暴行へと発展する大規模な反インド暴動が発生しました。この暴動でも240人以上の死者が出ました。植民地政府の調査報告書は、インド系住民の増加が労働者だけでなく資本家層にも及び、ビルマ人が経済的な不安を抱いていたことが暴動の背景にあると結論付けています。

第二次世界大戦と戦後の排斥

第二次世界大戦が開戦した時、ラングーンの約半分、ビルマ全体でも約16%がインド系住民でした。1942年に日本軍がビルマへ侵攻すると、約50万人ものインド系住民が陸路でインドのアッサム地方へ避難しました。この避難行はほとんどが徒歩で行われ、数千人が命を落としたと言われています。

1948年にビルマ連邦が独立した後、新政府は濃厚なビルマ・ナショナリズムの影響を受け継ぎました。国家は「土着諸民族（タインインダー）」の集合体として構想され、インド系や中国系の住民は国民国家ミャンマーにおける「他者」として位置づけられました。

1962年にクーデターを起こし政権を握ったネウィン将軍は、ビルマ式社会主義政策を進める中で、土地や企業を国有化しました。この国有化の主な対象となったのは、華人やインド系の資産でした。1964年の企業国有化政策を機に、30万人以上のインド系住民が国外への脱出を余儀なくされました。政府は彼らをインドに「帰国」させる名目で旅費を支給しましたが、これによりインドとビルマの関係は著しく悪化し、インド政府は自国民の国外脱出のために航空機や船舶を手配しました。1960年代末までに、最貧困層やビルマに深く根を下ろした一部の層を除き、ほとんどのインド系住民がビルマを離れました。

1982年に制定された国籍法により、ミャンマーの「国民」と認められるのは「土着」の135民族（タインインダー）のみと規定されました。インド系や中国系の住民は、「準国民」あるいは「帰化国民」といった限定的な形でしか国籍を取得できなくなりました。この法律により、「土着」でないと判断されたミャンマー国民は、ヤンゴン工科大学のような理工系大学への進学が制限されたり、公務員の昇進において不利な扱いを受けたりするなど、様々な不利益を被っています。

社会

出身地と言語

インド系ビルマ人の出身地は多様ですが、マドラス管区出身のタミル語やテルグ語の話者が多数を占めます。これは、マレーシアやフィジー、南アフリカなど、他のイギリス植民地に移民したインド系集団と共通する特徴です。他にも、ベンガル管区やビハール・オリッサ管区、商業に携わるイスラム教徒の多いグジャラート、連合州、シンド地方、そして植民地軍の兵士として派遣されたパンジャブやネパールなど、様々な地域が出身地となっています。

現代のミャンマーにおいては、インド系ビルマ人の多くは既にビルマ社会に深く土着化しており、ヒンディー語やウルドゥー語、ネパール語といった自らの民族語よりも、ビルマ語をより流暢に話す人が増えています。

宗教

多くのインド系ビルマ人はヒンドゥー教を信仰しています。ミャンマーのヒンドゥー教は、優勢な仏教の影響を強く受けており、ヒンドゥーの神々に加えて仏陀も信仰されるなど、その習合が見られます。ヒンドゥー教寺院の中に仏像が安置されている光景も珍しくありません。

ヒンドゥー教徒以外にも、イスラム教徒やシク教徒なども含まれます。

ミャンマーの憲法は信教の自由を保障していますが、これは限定的なものであり、他の法律や慣行によって様々な制約が加えられています。特にイスラム教徒に対しては、制度的あるいは社会的に顕著な制限や差別が存在すると指摘されています。

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