ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボット
ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボット（1800年2月11日 - 1877年9月17日）は、イギリス出身の科学者、政治家、考古学者、そして写真技術の重要な先駆者です。
1800年、イングランドのドーセット州メルベリーで生まれたタルボットは、一人息子として育ちました。名門ハーロー校を経てケンブリッジ大学トリニティ・カレッジに進み、数学で優れた才能を発揮しました。1820年にはパーソン・プライズを受賞し、翌年には数学の学位試験を優秀な成績で修了しています。
彼の初期の研究は主に数学に関するものでしたが、光学分野への関心が後の写真術の発明へと繋がります。1820年代には、色の付いた炎や単色の光、化学変化による色の変化など、光学や化学に関する論文を科学誌に多数発表しました。1831年には王立協会のフェローに選ばれ、1872年まで活発な研究活動を続けました。1827年からは生涯をウィルトシャー州のラコック・アビーで過ごしました。
タルボットが写真術の研究に乗り出したきっかけは、1833年のイタリアへの新婚旅行中の出来事でした。旅先の風景をスケッチしようと、カメラ・ルシダやカメラ・オブスクラといった補助器具を試しましたが、満足のいく絵が描けずに失望します。しかし、カメラ・オブスクラの内部に映し出される鮮明で縮小された自然の像に魅了され、この美しい光景を永続的に紙に定着させる方法はないかと考えたのです。
この着想から、彼は硝酸銀溶液を染み込ませた紙を用いた感光紙の研究を開始します。そして1835年、光によって黒白が反転した陰画（ネガ）を作り、それを固定した上で、再び光を使って印画紙に陽画（ポジ）を焼き付けるという、現在にも通じるネガポジ式の写真原理を発見しました。しかし、この発見を一旦中断し、数学研究を優先しました。
1839年1月、フランスのルイ・ジャック・マンデ・ダゲールが、光を銀板に直接定着させるダゲレオタイプを発表したという第一報がイギリスに伝わると、タルボットは自身の4年前の発明を急遽公開しました。1月25日には王立協会で数枚の写真（当時は「フォトジェニック・ドローイング」と呼称）を展示し、さらにその2週間後には技術の詳細を公表しました。これは、ダゲールがフランス学士院で技術の詳細を正式に発表するよりも前のことでした。
その後、ジョン・ハーシェルをはじめとする多くの科学者の協力も得ながら研究を進め、1840年までに技術を完成させました。そして1841年、カロタイプ、あるいはタルボットの名を冠してタルボタイプと呼ばれる写真製法を発表します。この技術には、ハーシェルやジョゼフ・バンクロフト・リードら先行研究者の知見も反映されていましたが、タルボットの最大の功績は、一枚の陰画から複数枚の陽画を複製できるネガポジ方式を確立したことにあります。（ネガ、ポジという用語自体はハーシェルが考案しました）。また、潜像を現像するために没食子酸を用いる方法も彼の発案でした。
この革新的な写真技術の功績により、タルボットは王立協会から1837年にベーカリアン・メダル、1838年にロイヤル・メダル、そして1842年にはランフォード・メダルを受賞しました。
1843年には写真工房を設立し、カロタイプの複製能力を生かした写真集の出版に着手します。1844年に刊行された『自然の鉛筆（The Pencil of Nature）』は、世界初の写真集として特に有名です。
1841年2月、タルボットはカロタイプの特許を取得しました。当初は高額だった使用料を後に引き下げ、アマチュアには無料とする一方、プロの肖像写真家に対しては高額な年間使用料を課しました。この特許料徴収は広く批判を浴び、特に1851年にフレデリック・スコット・アーチャーが湿式コロジオン法という新たなネガポジ式技法を発明した後、タルボットがコロジオン法の使用者にも特許料支払いを要求したことで非難が集中しました。アーチャー自身はコロジオン法の特許を取得しませんでした。
タルボットが特許を取得した背景には、ライバルであるダゲールの存在に加え、写真技術の研究開発に多額の資金を費やし、少なくない資産を失っていた事情がありました。彼は「自然の鉛筆」という自身の写真術を実現するため、初期から試行錯誤を重ねていました。
カロタイプは紙をネガに使用するため、金属板を使うダゲレオタイプに比べて像のシャープさでは劣るという欠点がありました。一方、ダゲレオタイプは複製ができないという致命的な弱点を抱えていました。これらの欠点を克服したのが、ダゲールが死去した1851年に確立された湿式コロジオン法です。ガラスをネガの基材とするこの技法は、複製が可能でかつ鮮明な像を得られるため、写真術の主流となっていきます。
ダゲールもまた、タルボットの発表後も研究を続け、自身の技術の普及を図りました。フランス政府に特許を買い取ってもらい、自身は年金を受け取る代わりに、ダゲレオタイプを全世界（イギリスを除く）で自由に使えるようにしたのです。
写真を巡る特許紛争は、1850年代に入っても続きました。1852年、タイムズ紙に掲載された公開書簡が契機となり、タルボットはアマチュアからの特許料徴収を取りやめましたが、プロからの徴収は続けようとしました。その結果、複数の訴訟を抱えることになります。
ターニングポイントとなったのは、1854年の湿式コロジオン法を使う写真家マーティン・ラローシュとの裁判でした。ラローシュ側は、カロタイプの特許自体が無効である（リードによる先行研究を根拠に）こと、そしてコロジオン法はカロタイプとは異なる技術であり特許侵害にはあたらないことを主張しました。判決は、カロタイプの特許自体の有効性は認めつつも、コロジオン法の使用は特許侵害にあたらないと判断しました。この判決に失望したタルボットは、1855年に期限が切れる特許の延長申請を取り下げ、写真術は特許の制約から解き放たれることとなりました。
タルボットの活動は写真術に留まりません。政治家としては、ホイッグ党寄りの穏健改革派として、1832年から1835年まで下院議員を務め、1840年にはウィルトシャー州の州長官も経験しました。
晩年は特に考古学に多くの時間を費やしました。『ヘルメス、または古典と古代の研究』（1838-1839）や『創世記の古代の解説』（1839）といった著書を残しています。また、サー・ヘンリー・ローリンソンらと共に、ニネヴェから発掘された粘土板の楔形文字の初期解読者の一人としても重要な功績を挙げました。さらに、語源学にも関心を持ち、1846年には『英語の語源』を執筆するなど、幅広い分野で知的な探求を続けた人物でした。
1800年、イングランドのドーセット州メルベリーで生まれたタルボットは、一人息子として育ちました。名門ハーロー校を経てケンブリッジ大学トリニティ・カレッジに進み、数学で優れた才能を発揮しました。1820年にはパーソン・プライズを受賞し、翌年には数学の学位試験を優秀な成績で修了しています。
彼の初期の研究は主に数学に関するものでしたが、光学分野への関心が後の写真術の発明へと繋がります。1820年代には、色の付いた炎や単色の光、化学変化による色の変化など、光学や化学に関する論文を科学誌に多数発表しました。1831年には王立協会のフェローに選ばれ、1872年まで活発な研究活動を続けました。1827年からは生涯をウィルトシャー州のラコック・アビーで過ごしました。
タルボットが写真術の研究に乗り出したきっかけは、1833年のイタリアへの新婚旅行中の出来事でした。旅先の風景をスケッチしようと、カメラ・ルシダやカメラ・オブスクラといった補助器具を試しましたが、満足のいく絵が描けずに失望します。しかし、カメラ・オブスクラの内部に映し出される鮮明で縮小された自然の像に魅了され、この美しい光景を永続的に紙に定着させる方法はないかと考えたのです。
この着想から、彼は硝酸銀溶液を染み込ませた紙を用いた感光紙の研究を開始します。そして1835年、光によって黒白が反転した陰画（ネガ）を作り、それを固定した上で、再び光を使って印画紙に陽画（ポジ）を焼き付けるという、現在にも通じるネガポジ式の写真原理を発見しました。しかし、この発見を一旦中断し、数学研究を優先しました。
1839年1月、フランスのルイ・ジャック・マンデ・ダゲールが、光を銀板に直接定着させるダゲレオタイプを発表したという第一報がイギリスに伝わると、タルボットは自身の4年前の発明を急遽公開しました。1月25日には王立協会で数枚の写真（当時は「フォトジェニック・ドローイング」と呼称）を展示し、さらにその2週間後には技術の詳細を公表しました。これは、ダゲールがフランス学士院で技術の詳細を正式に発表するよりも前のことでした。
その後、ジョン・ハーシェルをはじめとする多くの科学者の協力も得ながら研究を進め、1840年までに技術を完成させました。そして1841年、カロタイプ、あるいはタルボットの名を冠してタルボタイプと呼ばれる写真製法を発表します。この技術には、ハーシェルやジョゼフ・バンクロフト・リードら先行研究者の知見も反映されていましたが、タルボットの最大の功績は、一枚の陰画から複数枚の陽画を複製できるネガポジ方式を確立したことにあります。（ネガ、ポジという用語自体はハーシェルが考案しました）。また、潜像を現像するために没食子酸を用いる方法も彼の発案でした。
この革新的な写真技術の功績により、タルボットは王立協会から1837年にベーカリアン・メダル、1838年にロイヤル・メダル、そして1842年にはランフォード・メダルを受賞しました。
1843年には写真工房を設立し、カロタイプの複製能力を生かした写真集の出版に着手します。1844年に刊行された『自然の鉛筆（The Pencil of Nature）』は、世界初の写真集として特に有名です。
1841年2月、タルボットはカロタイプの特許を取得しました。当初は高額だった使用料を後に引き下げ、アマチュアには無料とする一方、プロの肖像写真家に対しては高額な年間使用料を課しました。この特許料徴収は広く批判を浴び、特に1851年にフレデリック・スコット・アーチャーが湿式コロジオン法という新たなネガポジ式技法を発明した後、タルボットがコロジオン法の使用者にも特許料支払いを要求したことで非難が集中しました。アーチャー自身はコロジオン法の特許を取得しませんでした。
タルボットが特許を取得した背景には、ライバルであるダゲールの存在に加え、写真技術の研究開発に多額の資金を費やし、少なくない資産を失っていた事情がありました。彼は「自然の鉛筆」という自身の写真術を実現するため、初期から試行錯誤を重ねていました。
カロタイプは紙をネガに使用するため、金属板を使うダゲレオタイプに比べて像のシャープさでは劣るという欠点がありました。一方、ダゲレオタイプは複製ができないという致命的な弱点を抱えていました。これらの欠点を克服したのが、ダゲールが死去した1851年に確立された湿式コロジオン法です。ガラスをネガの基材とするこの技法は、複製が可能でかつ鮮明な像を得られるため、写真術の主流となっていきます。
ダゲールもまた、タルボットの発表後も研究を続け、自身の技術の普及を図りました。フランス政府に特許を買い取ってもらい、自身は年金を受け取る代わりに、ダゲレオタイプを全世界（イギリスを除く）で自由に使えるようにしたのです。
写真を巡る特許紛争は、1850年代に入っても続きました。1852年、タイムズ紙に掲載された公開書簡が契機となり、タルボットはアマチュアからの特許料徴収を取りやめましたが、プロからの徴収は続けようとしました。その結果、複数の訴訟を抱えることになります。
ターニングポイントとなったのは、1854年の湿式コロジオン法を使う写真家マーティン・ラローシュとの裁判でした。ラローシュ側は、カロタイプの特許自体が無効である（リードによる先行研究を根拠に）こと、そしてコロジオン法はカロタイプとは異なる技術であり特許侵害にはあたらないことを主張しました。判決は、カロタイプの特許自体の有効性は認めつつも、コロジオン法の使用は特許侵害にあたらないと判断しました。この判決に失望したタルボットは、1855年に期限が切れる特許の延長申請を取り下げ、写真術は特許の制約から解き放たれることとなりました。
タルボットの活動は写真術に留まりません。政治家としては、ホイッグ党寄りの穏健改革派として、1832年から1835年まで下院議員を務め、1840年にはウィルトシャー州の州長官も経験しました。
晩年は特に考古学に多くの時間を費やしました。『ヘルメス、または古典と古代の研究』（1838-1839）や『創世記の古代の解説』（1839）といった著書を残しています。また、サー・ヘンリー・ローリンソンらと共に、ニネヴェから発掘された粘土板の楔形文字の初期解読者の一人としても重要な功績を挙げました。さらに、語源学にも関心を持ち、1846年には『英語の語源』を執筆するなど、幅広い分野で知的な探求を続けた人物でした。
もう一度検索
【記事の利用について】
タイトルと記事文章は、記事のあるページにリンクを張っていただければ、無料で利用できます。
※画像は、利用できませんのでご注意ください。
【リンクついて】
リンクフリーです。