ウスマーン・イブン・アッファーン

ウスマーン・イブン・アッファーン（574年? - 656年 6月17日）は、イスラームの第三代正統カリフであり、預言者ムハンマドの教友（サハーバ）の一人です。ムハンマドの娘婿であり、その生涯はイスラームの歴史において重要な位置を占めています。

生涯

イスラームへの改宗前

ウスマーンは、マッカの名門クライシュ族のウマイヤ家出身で、裕福な商人アッファーン・イブン・アビー・アル＝アースを父に、アルワを母に持ちました。幼少期は不明な点が多いものの、読み書きに長けた人物として知られています。父の死後、巨額の財産を相続し、交易でさらに成功を収めました。商売においては不正をせず、公正な態度を貫いたとされています。

イスラームへの改宗

改宗の動機には、ムハンマドの娘ルカイヤへの恋心が影響したとの説があります。ルカイヤは従兄弟に嫁ぎましたが、後に離婚してウスマーンと結婚しました。ウスマーンは友人のアブー・バクルの勧めでイスラームに入信しました。当初、ウマイヤ家からは反発を受けましたが、信仰を貫き、迫害を受けながらもイスラームへの忠誠を誓いました。その後、ルカイヤと結婚し、エチオピアへの移住も経験しました。エチオピアでは、交易を行いながら信徒を支援しました。

ヒジュラ後

マディーナに移住したウスマーンは、商業活動を再開し、慈善事業にも尽力しました。モスク建設のための土地購入や、水資源の確保にも貢献しました。ルカイヤは病で亡くなりますが、その後、妹のウンム・クルスームと再婚しました。ムハンマドがマッカに巡礼に向かった際には、交渉役を任され、フダイビーヤの和議を締結しました。ムハンマドの死後、アブー・バクルのカリフ就任を支持し、政治顧問としてウンマの運営に携わりました。

カリフ即位

ウマルが暗殺された後、ウスマーンは後継者候補として指名され、シューラー（会議）を経てカリフに選出されました。その即位は、クライシュ族の長老たちの支持と、ウマルの厳格な統治からの脱却を望む人々の期待が背景にあったとされています。しかし、カリフとしての重圧から、最初の演説はたどたどしいものだったと伝えられています。

カリフとしての活動

カリフ就任後、各地で起きた反乱を鎮圧し、ペルシア遠征を再開し、サーサーン朝を滅亡させました。また、中国に使者を派遣するなど、イスラーム国家の拡大に貢献しました。しかし、ウマイヤ家出身者の登用や、不公平な政策は、信徒の不満を招きました。特に、エジプトやイラクでは不満が高まり、そのことが後の暗殺事件につながりました。

最期

反乱軍がマディーナに押し寄せ、ウスマーンは退位を要求されました。ムハンマドの従兄弟アリーに助けを求めますが、反乱は収まらず、邸宅に押し入った兵士によって殺害されました。その際、クルアーンを読誦していたと伝えられています。遺体は密かに埋葬され、後にムアーウィヤによって墓地として整備されました。ウスマーンの死は、イスラーム史における大きな悲劇として記憶されています。

政策

ウスマーンは、合議制を重視し、政策決定には古参の信徒や有識者の意見を聞きました。行政の効率化と中央集権化を目指しましたが、ウマイヤ家出身者の登用は縁故主義と批判され、不満を高めました。また、征服戦争の終結は、兵士の収入を減らし、彼らの不満を増大させました。ウスマーンは、莫大な財産を危険な存在と認識しつつも、合法的な範囲内であれば、人々に享楽を許容する考えを持っていました。

クルアーンの編纂

ウスマーンの最大の功績の一つは、クルアーンの統一です。各地に存在した異なる版を統一し、ザイド・イブン・サービトを中心とした委員会によって正典を編纂させました。この事業は、イスラーム共同体の一体性を確保し、後のイスラーム文明の発展に大きく貢献しました。

海軍の整備

ウスマーンの時代には、イスラーム国家の海軍が整備されました。東ローマ軍の攻撃に対抗するため、シリア総督ムアーウィヤが艦隊の創設を提案し、アラブ初の艦隊が編成されました。この艦隊は、東地中海での制海権を確保し、イスラーム国家の勢力拡大に貢献しました。

人物像

ウスマーンは謙虚で、倫理観の強い人物でした。カリフになった後も質素な生活を送り、多くの財産を貧困層の救済に充てました。ムハンマドからは、最も恥を知り、信頼のおける人物と評されましたが、同族の利益要求を断れない弱さがありました。容姿端麗で、多くの女性に慕われましたが、妻以外の女性との関係は持たなかったと伝えられています。軍事的実績は乏しいものの、その財力でイスラーム軍を支え、その存在は不可欠でした。

家族

ウスマーンは、イスラーム以前に二人の妻を娶っていました。ムハンマドの娘ルカイヤ、その死後には妹のウンム・クルスームと結婚しました。ルカイヤとの間にはアブドゥッラーがいましたが早世し、ウンム・クルスームとの間には子供はいませんでした。ムハンマドはウスマーンを信頼しており、もし三女がいれば、彼に嫁がせていただろうと言われています。

父母と兄弟

父：アッファーン・イブン・アビー・アル＝アース
母：アルワ・ビント・クライズ
義父：ウクバ・ビン・マヒート（アッファーンの死後、アルワと再婚）
兄弟：アムナー（同父妹）、ワリード（異父弟）、ハーリド（異父弟）、アムル（異父弟）、ウンム・クルスーム（異父妹）

妻子

ウンム・アムル・ビント・ジュンダブ：アムル、ハーリド、ウバーン、ウマル、マルヤム
ファーティマ・ビント・アル＝ワリード：ワーリド、サイード、ウンム・サイード
ルカイヤ：アブドゥッラー
ウンム・クルスーム
ウンム・サイード・ファーティマ・ビント・アル＝ワリード・ビン・アブド・シャムス

脚注

注釈

出典

参考文献
余部福三『イスラーム全史』(勁草書房, 1991年6月)
小杉泰「ウスマーン・イブン・アッファーン」『岩波イスラーム辞典』収録(岩波書店, 2002年2月)
小杉泰『イスラーム文明と国家の形成』(諸文明の起源, 京都大学学術出版会, 2011年12月)
佐藤次高『イスラーム世界の興隆』(世界の歴史, 中央公論社, 1997年9月)
嶋田襄平「ウスマーン・イブン・アッファーン」『世界伝記大事典世界編』2巻収録(桑原武夫編, ほるぷ出版, 1980年12月)
前嶋信次『イスラム世界』(新装版, 世界の歴史, 河出書房新社, 1974年5月)
森伸生、柏原良英『正統四カリフ伝』下巻(日本サウディアラビア協会, 1996年12月)
フィリップ.K.ヒッティ『アラブの歴史』(岩永博訳, 講談社学術文庫, 講談社, 1982年12月)
バーナード・ルイス『イスラーム世界の二千年』(白須英子訳, 草思社, 2001年8月)

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