ウルジャ河の戦い

ウルジャ河の戦い（現在のモンゴル語ではオルズ河の戦いとも呼ばれます）は、1196年に現在のモンゴル国東部に位置するウルジャ河のほとりで勃発した大規模な戦闘です。この戦いは、東方の大国・金朝の支援を受けたモンゴル部（後のキヤト氏）とケレイト部の連合軍が、長年モンゴル高原で勢力を誇っていたタタル部と激突し、連合軍の決定的な勝利に終わりました。

この戦いは、後のモンゴル帝国の基礎を築いた人物、チンギス・カンにとって極めて重要な意味を持ちます。彼はこの勝利を通じて、長年の仇敵であったタタル部を弱体化させるとともに、東方の大国である金朝との正式な同盟関係を構築しました。これらの成果は、彼がそれまでモンゴル高原の数ある部族の一つに過ぎなかった自らの勢力を、その後の飛躍的な拡大へと導く決定的な足がかりとなりました。

さらに歴史学的な観点から見ても、この戦いは特筆すべき重要性を持っています。この戦いに関する記述が、同時代の外部史料である中国の歴史書『金史』に明確に記録されているからです。これにより、伝説や逸話が多く、その史実性が論じられることもあったチンギス・カンという人物が、客観的な史料によって歴史上の実在が初めて裏付けられました。この意味で、ウルジャ河の戦いは、チンギス・カンが歴史の表舞台に登場し、世界史を動かす存在となる端緒となった、モンゴル史における大きな転換点と言える出来事です。

戦いの背景

12世紀前半、モンゴル高原を間接的に支配していたキタイ帝国（遼朝）が崩壊すると、高原には様々な遊牧部族が割拠し、不安定な情勢が続いていました。しかし、遼の領土を引き継いだ東方の金朝と、遼の残党が中央アジアで建国した西遼という二つの大国が、それぞれモンゴル高原の部族に影響力を行使していました。この時代の有力部族間の争いは、しばしば金と西遼という二大大国の代理戦争という側面を帯びていたのです。

1195年（金朝の明昌6年）、金朝は自らに味方するタタル部と協力し、フルン湖一帯で西遼に連なる部族を撃破しました。しかし、この戦いの後、金軍を指揮した夾谷清臣が独断で戦利品を分配したタタル部の部族長セチュを厳しく叱責したことから、タタル部は金朝との関係を断ち、かえって金朝の辺境への侵攻を開始しました。金朝はこれに対応するため、タタル部の反乱を鎮圧すると同時に、新たな同盟者を探す必要に迫られました。

この状況を好機と捉えたのが、当時まだモンゴル部全体の統一さえ果たせていない弱小勢力の長であったテムジンです。彼は金朝の窮状につけ込み、自らの価値を高く提示することで金朝との協力を取り付けることに成功しました。一方、モンゴル部の西方に位置するケレイト部の君主トオリルは、内乱によって一時的に国を追われた際、西遼に助けを求めましたが得られず、最終的にテムジンの助けを得て君主に返り咲いていました。こうした経緯から西遼に反感を抱いていたトオリルもまた、テムジンと共に金朝側に立つことを決意します。

このように、もともと西遼派であった立場から新たに金朝派に転換したばかりのモンゴル・ケレイト同盟にとって、金朝への忠誠を示す絶好の機会こそが、このウルジャ河の戦いだったのです。

戦闘の経過

1195年11月、金の章宗皇帝は、タタル部の反乱を招いた夾谷清臣に代わり、皇族の完顔襄を北方のタタル部討伐軍司令官に任命して派遣しました。1196年（明昌7年）、完顔襄は皇帝からの密命を帯びて臨潢府を出発し、タタル部の拠点へ向かいます。金軍は途中で部隊を分割し、主力は完顔襄自身が率い、ケルレン河方面を目指して北上しました。

ケルレン河畔に達した金軍の一部は、タタル部の奇襲を受けて包囲されてしまいます。この窮地を知った完顔襄は、疲労した自軍を率いて急行しました。一部の将兵は援軍を待つべきだと進言しましたが、完顔襄はタタル軍が外からの攻撃を警戒していない今こそ好機だと判断し、即座に攻撃を開始しました。完顔襄の読み通り、油断していたタタル軍は混乱し、同時に包囲されていた金軍も呼応して反撃に転じたため、挟み撃ちにあったタタル軍はついに崩壊し、敗走を始めました。

完顔襄は、遅れて合流した別働隊をタタル部の追撃に派遣します。敗走したタタル軍はウルジャ河まで逃れましたが、そこで彼らを待ち受けていたのが、金朝からの援軍要請を受けて出兵していたモンゴル・ケレイト連合軍でした。『モンゴル秘史』によれば、金朝の完顔襄（秘史ではオンギン・チンサンと記される）がタタル軍をウルジャ河方面へ追っていることを知ったチンギス・カンはトオリルを誘い、両者は軍勢を整えてタタル軍を迎え撃ちました。タタル部のメグジン・セウルトゥがウルジャ河畔の砦に立て籠もって抵抗しましたが、モンゴル・ケレイト連合軍はこれを攻撃してメグジン・セウルトゥを討ち取り、多くの財宝を獲得しました。

戦後、完顔襄はウルジャ河でのチンギス・カンとトオリルの功績を高く評価しました。チンギス・カンにはジャウト・クリという称号が、トオリルには「王（Ong）」の称号が与えられます。これ以後、トオリルは「王」に由来するオン・カンという称号を名乗るようになります。これは、もともと西遼に由来する「グル・カン」を称していたケレイト部君主が、漢語由来の「王」を称したという点で、ケレイト部が西遼派から金朝派へ転向したことを象徴する出来事でした。

その後の影響と関連史料

ウルジャ河の戦いを通じて、チンギス・カンはタタル部の弱体化、金朝との同盟関係の確立、そして非協力的な配下の排除という重要な成果を得ました。これらの基盤の上に、彼は金朝の後ろ盾を得ながら、モンゴル・ケレイト同盟としてタタル部やメルキト部といった周辺の有力部族を次々と征服し、モンゴル高原の大部分をその支配下に収めていきます。

一方、この「金朝派」の勢力拡大を黙って見ていたわけではない「西遼派」の動きもありました。モンゴル部ジャダラン氏のジャムカは、ウルジャ河の戦いへの報復として、1196年から1199年頃にかけて金朝の辺境への侵攻を繰り返しています。こうした行動が評価されたこともあり、1201年にはモンゴル高原東方の「西遼派」諸部族が結集し、ジャムカを盟主である「グル・カン」に推戴しました。しかし、ジャムカ率いる「西遼派」連合軍は最終的にチンギス・カン率いる軍勢に敗れ、モンゴル高原東方はモンゴル・ケレイト同盟によって平定されていきました。

総括すると、ウルジャ河の戦いは、当時まだ弱小勢力であったモンゴル部が、東方の大国である金朝との重要なコネクションを築き、その後のモンゴル高原の覇者として飛躍するための大きな転換点となった歴史的な事件であったと言えます。

この戦いに関連する重要な史料としては、前述の『金史』や『モンゴル秘史』に加え、近年モンゴル国で発見・調査が進んでいるセルベン・ハールガ碑文があります。この碑文は、『金史』に記される「九峰の石壁に勲功を刻んだ」という記述に対応するものと考えられており、完顔襄率いる金軍の進軍経路などを具体的に示す貴重な一次史料として、現在も日本人研究者を含む多くの学者によって研究が進められています。

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