タタル部

タタル部とは

タタル部（Tatar）は、モンゴル帝国以前にモンゴル高原東部に存在したモンゴル系の遊牧民族です。『元史』では「塔塔児」、『集史』では「Qaum Tātār」と記されています。チンギス・カンによって滅ぼされたものの、その名は遊牧騎馬民族の代名詞としてヨーロッパに広まり、「タタール」と呼ばれるようになりました。また、宋代以降に漢化したオングト部が「白韃靼」と呼ばれたのに対し、漢化していないタタル部をはじめとする諸部族は「黒韃靼」と呼ばれていました。タタール部とも表記されます。

歴史

起源

タタル部の起源は、モンゴル部と同様に、6世紀から10世紀にかけて中国東北部に存在した室韋と考えられています。8世紀に突厥によって刻まれた『オルホン碑文』にある「三十姓（オトゥズ）タタル Otuz Tatar」も、このタタル部を指すとされています。

モンゴル部との争いの始まり

モンゴル部のキヤト氏のカブル・カンは、妻の兄弟であるサイン・テキンの病を治すため、タタル部のシャーマン、チャルキル・ノドイを招きました。しかし、サイン・テキンは亡くなり、その一族はシャーマンを殺害。この事件をきっかけに、モンゴル部とタタル部の間に長年の敵対関係が始まり、戦闘や略奪が繰り返されるようになりました。

モンゴルのアンバガイ・カンは、タタル部のアイリウト・ビルウト氏族に娘を嫁がせるため訪れた際、タタルのジュイン・イルゲンによって捕らえられ、金帝国に引き渡されて処刑されました。この事件を受け、アンバガイ・カンの後を継いだクトラ・カンは、仇を討つためタタル部へ攻め込みました。一方、モンゴルのイェスゲイ・バアトルは、タタルのテムジン・ウゲとコリ・ブカという2人の頭とその民を捕らえました。イェスゲイの長男が生まれた際、捕えた敵将にちなみ「テムジン」と名付けられました。このテムジンこそが後のチンギス・カンです。

テムジンが9歳になった年、イェスゲイはタタル部の宴会に忍び込みましたが、テムジン・ウゲとコリ・ブカの恨みを持つタタル部民によって毒殺されました。その後、モンゴル部内の分裂により、両者の争いは一時的に沈静化しました。

ウルジャ河の戦い

1196年、テムジンがキヤト氏族のカンとして即位した頃、タタル部の首長メグジン・セウルトゥらが金朝の意に背いたため、金朝の王京丞相が軍勢を率いてタタル討伐を開始しました。テムジンは父の仇を討つ絶好の機会と捉え、同盟者であるケレイトのトオリル・カンと共にタタル部へ攻め込み、メグジン・セウルトゥを捕えて殺害しました。この功績により、王京丞相はテムジンに「ジャウト・クリ」の称号を、トオリル・カンに「オン（王）」の称号を授け、トオリル・カンはオン・カンと呼ばれるようになりました。

反テムジン同盟

1201年、カタギン氏、サルジウト氏ら複数の部族が、ジャダラン氏のジャムカをグル・カンに戴いてテムジン・カン、オン・カンに対し戦争を仕掛けました。タタル部からはアルチ氏のジャリン・ブカがこの同盟に参加しました。

タタル部の滅亡

1202年、タタル部のチャガン氏、アルチ氏らがテムジン・カンと戦い敗北し、ほとんどが捕虜となって根絶やしにされました。チンギス・カンは、父の仇であり祖先の敵であるタタル部を憎み、女子供はもちろん、妊婦の腹を裂くまでして皆殺しにしました。チンギス・カン自身もタタル部出身の妃を娶っていましたが、彼らの多くも殺害されました。そのため、タタル人は自身の正体を隠すようになりました。

しかし、チンギス・カン自身もイェスルンとイェスゲンという2人の妃を娶り、弟のジョチ・カサルもタタル人の妻を娶っていました。ジョチ・カサルはチンギス・カンの命令でタタル人を殺害しましたが、妻のこともあり半数は匿いました。このようにして生き残ったタタル人の中には、後にモンゴル帝国の譜代家人に準ずる地位に昇る者も現れました。

構成氏族

『元朝秘史』によると、タタル部族には以下の4氏族があったとされています。

アルチ(Alči)
チャガン(Čaγan)
ドタウト(Duta'ud)
アルクイ(Aluqui)

一方、『集史』では以下の6氏族が数えられています。

トトクリウト(Tūtūqlī'ūt)
アルチ(Ālčī)
チャガン(Čaγān)
クイン(Kūyīn)
テレイト(Terēīt)
バルクイ(Barqūī)

参考資料

ドーソン（訳注：佐口透）『モンゴル帝国史1』（1989年、平凡社、ISBN 4582801102）
訳注：村上正二『モンゴル秘史1 チンギス・カン物語』（平凡社、1970年、ISBN 4582801633）
訳注：村上正二『モンゴル秘史2 チンギス・カン物語』（平凡社、1972年、ISBN 4582802095）
志茂碩敏『モンゴル帝国史研究 正篇』（東京大学出版会、2013年）

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