オン・カン

12世紀末、モンゴル高原の中央部に位置し、遊牧民社会で強大な力を持っていたケレイト部の最後のカンがオン・カンです。彼の本名はトグリル、またはトオリルといい、テュルク系の遊牧民に一般的な、禿鷹に似た想像上の猛禽を意味する名前でした。後の尊称である「オン」は、中国語の「王（ワン）」に由来し、金朝から与えられた称号とされています。

ケレイト部はネストリウス派キリスト教を信仰しており、オン・カン自身もダビデという洗礼名を持っていたと伝えられています。

波乱に満ちた生涯

トオリルはクルチャクス・ブイルク・カンの子として生まれ、多数の兄弟がいたと言われています。幼い頃から試練が多く、7歳でメルキト族の捕虜となり過酷な労働を強いられますが、父によって救出されました。13歳で祖父が敗れた際に母と共にタタル氏族の捕虜となりますが、こちらは自力で脱出しています。

父の死後、ケレイト部の中枢を弟たちが掌握すると、辺境にいたトオリルはいったん戻り、他の弟と協力して弟たちを排除し、カン位に就きました。しかし、叔父グル・カンがナイマン部の支援を得て挙兵し、トオリルは敗れてわずかな供を連れてモンゴルのキヤト氏族へ逃亡します。ここでキヤト氏族の有力者であったイェスゲイ・バアトルに助けられ、義兄弟（アンダ）の契りを結びました。イェスゲイの支援を受けて叔父を追放し、再びケレイトのカンに戻ります。

その後しばらく統治を続けますが、今度は弟のエルケ・カラと不和になり、彼を殺害しようとしますが、エルケ・カラはナイマン部に逃れます。エルケ・カラはナイマンの支援を受け、オン・カンの軍を破ってカン位を奪いました。オン・カンはいくつかの地をさまよった後、かつての義兄弟イェスゲイの息子であるテムジン（後のチンギス・カン）のもとに身を寄せ、その庇護を受けることになります。

テムジンは父イェスゲイとオン・カンが旧知の仲であったことから、彼を厚遇しました。家畜を与えて助け、やがて義父子の関係を結びます。この関係が機能した例として、テムジンの妻ボルテがメルキト族に捕らえられた際、オン・カンが圧力をかけて解放させた出来事があります。

盟友から敵へ

1194年、オン・カンは金朝に背いたタタル部族との戦いに協力し、その功績から金朝の官僚より王の称号を与えられ、以後オン・カンと呼ばれるようになりました。この頃からテムジンと共に高原での勢力拡大に乗り出します。

テムジンとオン・カンは共同でジュルキン氏族やメルキト族を討伐し、戦果を上げました。特にメルキト族との戦いでは、オン・カンは失っていた勢力を回復する助けとなりました。しかし、この頃からオン・カンの態度は変化し始めます。メルキト族を破った際の戦利品をテムジンに分配しなかったことが、関係悪化の始まりともいわれます。

1199年にはナイマン族との戦いで一時的に離れ離れになった際、テムジンを嫉妬していたジャムカがオン・カンの心に不信感を抱かせ、テムジンを置いて撤退するよう唆しました。これによりテムジンは苦境に立たされますが、その後のナイマン族の反撃を受けたオン・カンが再びテムジンに助けを求めると、テムジンは過去のわだかまりを乗り越えて救援し、奪われたものを取り戻してすべてオン・カンに返しました。この一件はテムジンの器量の大きさを示すとともに、両者の関係の不安定さを浮き彫りにしました。

その後も両者はタタル部やタイチウトといった部族を破り、その勢力はモンゴル高原の中部から東部にかけて大きく広がりました。1202年にはナイマンを中心とする同盟軍も退けています。

滅亡

ナイマンに勝利した後、両家の間で婚姻の計画が進められます。テムジンの子ジョチとオン・カンの娘チャウル・ベキ、オン・カンの子イルカ・セングンの子トス・ブカとテムジンの娘コジン・ベキの婚姻が提案されました。しかし、これらの縁談は破談に終わり、オン・カンとテムジンの関係は決定的に悪化します。特に長男イルカ・セングンはテムジンとの関係に反対しており、ジャムカの離間工作もあって、両者の対立は深まりました。

1203年、イルカ・セングンとテムジンの仲違いをきっかけに、オン・カンはケレイトに身を寄せていたジャムカの勧めを受け入れ、突如テムジンの本営を襲撃しました。一時はテムジンを北方に追いやることに成功しますが、態勢を立て直したテムジンの逆襲を受け、ケレイト軍は壊滅。本営を破られました。

敗れたオン・カンは同盟関係にあったナイマン部を頼ろうとハンガイ山脈を越えて逃亡を図りますが、国境でナイマンの守備隊に殺害されてしまいます。彼の首を受け取ったナイマンのカン、タヤン・カンは哀悼の意を示し、その頭蓋骨を銀の器に納めたといいます。

オン・カンの息子イルカ・セングンは逃亡に成功しますが、略奪行為によって現地住民の反感を買い、最終的にカラハン朝の王族に捕らえられ、息子トス・ブカと共に処刑されました。

オン・カンの死により、モンゴル高原最大の勢力であったケレイト部は滅亡し、テムジンによるモンゴル統一への道が開かれることになります。

後世、15世紀以降にオイラト部族連合の一角を担ったトルグート部の首長は、オン・カンの末裔を称しました。

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