ケレイト

ケレイト部族：モンゴル高原の歴史を彩る遊牧民

ケレイト（Kereid, Kerait）は、モンゴル帝国が興る以前の時代に、モンゴル高原中北部のハンガイ山脈周辺で勢力を誇った遊牧民の部族集団です。漢字では客烈亦、怯烈、怯烈亦などと表記され、ペルシア語史料では كرايت (Kirāyt)と記されています。

名称の由来

ケレイトという名前は、ケレイ（Kereyi, Gereyi）の複数形に由来します。ラシードゥッディーンは『集史』において、その祖先の顔色が黒ずんでいたことに由来するとしましたが、有力な説として「カラス」を意味するモンゴル語の「Keriye」に由来するとも考えられています。モスタールト師によれば、オルドスには今も「K'erit」と呼ばれる小規模な遊牧民集団が存在し、キルギス族にも「Kiräi~Giräi」という名の有力な支族が確認されています。

ケレイト部族は、ケレイト氏を筆頭に、チルキル（ジュルキン）氏、トンカイト（コンカイト）氏、トゥマウト（トベエン）氏、サキアト（サカイト）氏、エリアト（アルバト）氏の六つの氏族で構成されています。しかし、支配層がケレイト氏族から輩出されるようになると、ケレイトがこれらの氏族全体の総称として使われるようになりました。

歴史

起源

ケレイトの起源は、ウイグル帝国を滅ぼしたキルギス帝国をモンゴル高原から駆逐したモンゴル系部族集団（九姓タタル）の最有力部族であったと考えられています。この部族集団は、キルギスを追い出したナイマン部族連合との間で、モンゴル高原の覇権をめぐり激しい争いを繰り広げました。11世紀初頭には、オングトやナイマンなどの西方遊牧諸部族とともにネストリウス派キリスト教を信仰し、ウイグル文字を用いるなど、文化的に進んだ部族であったとされています。

阻卜（ソボク）との関連

遼の歴史書『遼史』に登場する「阻卜」という民族は、ケレイトに比定されることがあります。遼朝が阻卜の諸部に節度使を任命して分割統治を試みた際、これに反発する反乱が起こり、可敦城（カトン・バリク）を包囲しました。この反乱を契機に、遼の西北経営は頓挫し始めました。1026年には、契丹軍の甘州ウイグル攻撃の失敗に乗じて、阻卜諸部が契丹に背き、北阻卜の磨古斯（マルクズ）が諸部を統合し、1089年には遼朝もその王権を認めざるを得なくなりました。

マルクズ・ブイルク・カン

『集史』に登場するマルクズ・ブイルク・カンは、ブイル・ノールに住むタタル部族の長ナウル・ブイルク・カンによって契丹に引き渡され処刑されました。マルクズの妻クトクタイ・ハリグチ（クトクタニ・ケレクチン）は、復讐のため、酒を献上すると偽ってタタル部族を襲撃し、夫の仇を討ちました。

サリク・カン

『集史』にはサリク・カンという人物が登場しますが、これはマルクズと同一人物とされています。彼はアルチ・タタルとの戦いで、北モンゴリアの要地ブルカン山をめぐり激戦を交わしました。はじめは勝利したものの、油断したところを不意打ちされ大敗北を喫し、西隣のベテキン・ナイマン族のブイルク・カン（ナルクシュ・タヤン・カン）に援助を求めました。ベテキン・ナイマンはこれを機にサリク・カンを抱き込み、東モンゴリアへの勢力拡大を図りました。サリク・カンは息子の嫁の兄であるカジル・カンと協力してタタル族を打ち破り、自国を再興しました。この時、ケレイトを支えたのはモンゴル部族でしたが、次第にケレイトから離れていきました。

クルチャクス・ブイルク・カン

マルクズにはクルチャクス・ブイルク・カンとグル・カンの二人の息子がいました。長男のクルチャクスは、カラ・バルガスンを本拠地としてケレイト部を復興させましたが、その死後は40人の息子たちがカン位をめぐって争いました。

オン・カン

クルチャクスの息子の一人トオリルは、兄弟を殺して父の地位を奪いました。その後、叔父のグル・カンに追放されますが、モンゴル部族のイェスゲイ・バアトルの助けを借りて復権します。この時、トオリルとイェスゲイは義兄弟の契りを結びました。その後、弟のエルケ・カラに再び追放されますが、イェスゲイの息子テムジンの助けを借りて再び復権を果たします。1196年には、テムジンとともにタタル部を討伐した功績により、金朝から「オン（王）」の称号を与えられ、オン・カンと呼ばれるようになりました。

テムジンとの亀裂

オン・カンとテムジンは当初同盟関係にありましたが、次第に亀裂が生じ始めます。オン・カンはテムジンに相談することなくメルキト部へ遠征を行い、戦利品を分け与えませんでした。1199年には、ナイマン部族を攻め、テムジンを裏切ってジャムカと結託します。しかし、テムジンは裏切られたにもかかわらず、オン・カンを助け、ナイマン軍を撃退しました。

オン・カンの最期

1200年、オン・カンはテムジンとともにタイチウト氏族を攻撃しました。その後、オン・カンの弟のジャカ・ガンボらがオン・カンを殺害しようとしましたが、失敗しナイマン部へ逃亡しました。1203年、テムジンとケレイトの間で戦闘が勃発し、オン・カンは敗走し、ナイマン部の領土を通過した際、ナイマンの国境警備の将校によって殺害されました。息子のイルカ・セングンは亡命しましたが、後に処刑され、ケレイト部族はテムジンのモンゴル部族によって征服されました。

モンゴル帝国以降のケレイト

1206年にテムジンがチンギス・カンとして即位しモンゴル帝国が成立した後も、ケレイト部はチンギス一門の姻族として存続しました。チンギス・カンの四男トルイの夫人ソルコクタニ・ベキはオン・カンの姪であり、イルハン朝のフレグ・ハンの正妻ドクズ・ハトゥンもケレイト出身でした。モンゴル王家のキリスト教徒に対する好意的な姿勢は、ケレイトの王族・貴族にキリスト教徒が多かったことが影響していると考えられています。また、ケレイト部族出身者で、モンゴル帝国のもとで軍人や官吏として活躍した人物も多くいました。モンゴル高原ではケレイト部の名は歴史から消えましたが、トルグート部がケレイトの後裔とされています。また、中央アジアのテュルク系民族の中にもケレイトの名を見ることができます。

居住地

『集史』によると、ケレイトの居住地はオノン、ケルレンであり、モグリスタンの地にあったとされています。

言語系統

ラシードゥッディーンは『集史』において、ケレイトをテュルク系ではあるが、モンゴル系に近い言語、もしくはテュルク系とモンゴル系の中間に位置する言語を話す民族と分類しています。そのため、ケレイトはテュルク系ともモンゴル系ともされています。

宗教

11世紀初頭にネストリウス派の僧侶によって改宗されて以来、ネストリウス派キリスト教を信仰していました。ケレイトの君主であるマルクズやクルジャクスの名前も、キリスト教に関係する名前（Marcus, Cyriacus）に由来しています。

構成氏族

ケレイトは、盟主である「絶対の」ケレイト氏を中心に、6つの氏族で構成されていました。

「絶対の」ケレイト: ケレイト部族の中核氏族であり、歴代の部族長を輩出しました。
ジルキン: ジュルキンとも呼ばれ、ケレイト部の中でも勇猛な氏族として知られていました。
「数多の」ドンガイト: トンカイト、コンカイトとも呼ばれ、一つの固有名詞として扱われました。
「万の」トベエン: トマウト、トベイトとも呼ばれ、ケレイト部の中でもモンゴル帝国で活躍した人物が多くいました。
サキアト: 詳細不明。
アルバト: 詳細不明だが、『集史』にはアルバカル・バウルチという百人隊長がいたことが記されています。

その他のケレイト部出身者

『元史』には上記以外のケレイト部出身者が記録されていますが、彼らがどの氏族に属していたかは不明です。シラ・オグル、フスン、スゲ、ジョチ・トルカク、シリバイ、シルギスなどの一族が記録されています。

歴代君主

ケレイトの君主は代々カン（汗 Qan）の称号を名乗りました。

マルクズ・ブイルク・カン
クルチャクス・ブイルク・カン（マルクズの長男）
グル・カン（マルクズの次男）
オン・カン（トオリル、クルチャクスの息子）
* エルケ・カラ（オン・カンの弟）

ケレイト部族は、モンゴル帝国の成立に大きな影響を与え、その後の歴史においても重要な役割を果たしました。彼らの歴史は、遊牧民社会の興亡と、モンゴル帝国の成立過程を理解する上で欠かせない要素となっています。

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