エイコーン・コンピュータ

エイコーン・コンピュータ：ARMプロセッサを生んだイギリスのコンピュータ企業

エイコーン・コンピュータ社は、1978年にイギリス・ケンブリッジで設立されたコンピュータ企業です。Acorn Electron、BBC Micro、Acorn Archimedesといった機種を開発し、特にBBC Microは1980～90年代初頭のイギリスの教育市場を席巻、アメリカのApple社と比較されるほどの人気機種となりました。1998年には複数の企業に分割されましたが、RISCプロセッサ開発において大きな功績を残し、その技術は現在も世界中で利用されています。中でもARMホールディングスのARMプロセッサは広く知られています。

エイコーン・コンピュータ社の前史：シンクレアと科学技術

エイコーン社の設立は、クライブ・シンクレア氏が1961年に設立したSinclair Radionics社、そしてクリス・カリー氏とハーマン・ハウザー氏との関わりなくしては語れません。シンクレア氏は当初電卓などを手掛けていましたが、経営危機に陥り、イギリス国家企業庁の支援を受けてScience of Cambridge（SoC）を設立しました。SoCでカリー氏が開発したマイクロコンピュータキットが、後のエイコーン社の礎となります。カリー氏とハウザー氏は、マイクロコンピュータへの強い関心からCambridge Processor Unit Ltd (CPU) を設立、スロットマシンのコントローラ開発を受注し、その収益で6502ベースのマイクロコンピュータの開発を始めました。この開発は、設計と販売を別会社で行うことでリスクを分散する戦略に基づいており、その販売会社として設立されたのがエイコーン・コンピュータ社です。社名は、将来の大きな成長への期待と、電話帳での掲載順を考慮して選ばれました。

Acorn SystemとAtom：初期のマイクロコンピュータ

エイコーン社最初の製品はAcorn Microcomputer（後にAcorn System 1と改称）です。これは技術者や研究者向けでしたが、低価格（約80ポンド）であったため、アマチュアにも人気を博しました。その後、System 2、3、4、5と改良を重ね、フロッピーディスク対応など機能も充実させていきました。一方、一般市場への参入を目指したAtomプロジェクトも開始され、低価格で家庭向けに設計されたAcorn Atomは一定の成功を収めました。社内LANであるEconetの開発も進み、Atomへの搭載も決定、ファイル共有やリモート操作などを可能にするデモが公開されました。

BBC MicroとElectron：教育市場と大衆市場への進出

Atomの後継機種開発において、エイコーン社内では16ビットプロセッサの自社開発などを巡り議論が交わされました。その結果生まれたのがProtonという機種で、6502プロセッサを使いながら拡張性を大幅に向上させたモデルでした。Protonは、追加プロセッサを搭載できる独自のインタフェースTubeを搭載、高価なプロセッサを拡張として追加できるのが特徴です。

1980年には、イギリス放送協会（BBC）によるコンピュータリテラシプロジェクトが開始されました。このプロジェクトに、イギリス製システムを採用する条件で、エイコーン社のProtonが採用され、BBC Microとして発売されました。BBC Microは教育市場で高い人気を獲得、イギリス政府の教育用コンピュータ導入補助金プログラムとも相まって、学校などに大量に導入されました。一方、シンクレア社のZX Spectrumに対抗すべく、BBC Microの廉価版であるAcorn Electronも発売されましたが、カスタムチップ供給の問題に悩まされました。

エイコーン・コンピュータ・グループ：急成長とARM開発への道

BBC Microの大成功により、エイコーン社の収益は急増しました。1983年にはCPU社を清算し、「エイコーン・コンピュータ・グループ」として非上場証券市場に参入、創設者であるハウザー氏とカリー氏は億万長者となりました。

この頃より、エイコーン社はMOS 6502プロセッサからの移行を模索していました。IBM PCや、CP/M|CP_M搭載マシンなどのビジネス市場の成功を踏まえ、ビジネス市場向けマシンの開発に着手しました。既存技術を活かしたAcorn Business Computer（ABC）計画では、BBC Microのメイン基板を流用し、Tube経由でCP/M|CP_M、MS-DOS、UNIXなどを動作させる計画でしたが、メインプロセッサとして6502以上のプロセッサがなかなか見つかりませんでした。

結果、自社でプロセッサを設計する方向に舵を切ることとなり、バークレーのRISCプロジェクトに着想を得て、Acorn RISC Machineプロジェクトが開始されました。1985年には最初のARMチップARM1が完成、BBC Microに追加プロセッサとして搭載されました。ARMの開発は極秘裏に進められ、1985年に経営権を握ろうとしていたオリベッティ社にも、買収が決定するまでARMの存在は知らされませんでした。

財政問題とオリベッティ子会社時代

1984年をピークにエイコーン社は下り坂となりました。Electronのカスタムチップ供給問題、開発費の増加、アメリカ市場進出の難航などが、経営を圧迫しました。1985年には債権者からの資金回収要求を受け、オリベッティ社に経営権を握られることとなりました。

BBC MasterとArchimedes：新たな挑戦とARMの商用化

オリベッティ傘下時代には、BBC Microの後継機であるBBC Masterや、ARMアーキテクチャを採用したAcorn Archimedesが発売されました。Archimedesは高い性能を誇りましたが、PC/AT互換機|PC_AT互換機の台頭により、ビジネス市場での成功は限定的でした。

ARM Ltdの設立とスピンオフ

ARMプロセッサの新たな応用を探していたVLSIテクノロジー社と、Apple社との協力の下、エイコーン社はARM関連の研究開発部門を基に、1990年にARM Ltdを設立しました。

セットトップボックスとネットワークコンピュータ：新たな市場への挑戦

エイコーン社は、ビデオオンデマンド(VOD)サービスやネットワークコンピュータ(NC)市場にも参入を試みました。しかし、VODブームは訪れず、NC市場でも成功は収められませんでした。

エイコーン社の解体とARM社の成長

セットトップボックスとネットワークコンピュータ事業の不振により、オリベッティ社はエイコーン・グループを手放しました。エイコーン社はリストラを進め、子会社を吸収、デスクトップコンピュータやセットトップボックスの製造を終了しました。一方、ARM社は順調に成長し、株式公開を果たしました。

エイコーンの商標の復活

2006年、エイコーンの商標権は新たな企業にライセンス供与され、現在も使われています。

まとめ

エイコーン・コンピュータ社は、数々の革新的なコンピュータを開発し、特にARMプロセッサ開発への貢献は計り知れません。その歴史は、技術開発の困難さや市場の変動、企業経営の難しさなどを示す貴重な事例です。

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