エリーザベト・シュヴァルツコップ

デイム・エリザベート・シュヴァルツコップ（Dame Elisabeth Schwarzkopf, 1915-2006）は、20世紀後半のオペラと歌曲の世界において、比類なき存在感を放ったドイツ系英国人ソプラノ歌手です。ドイツ・オーストリアのリート（歌曲）解釈の第一人者として知られ、モーツァルトやリヒャルト・シュトラウス、ワーグナーのオペラにおける傑出した演技と歌唱も高く評価されています。その芸術性から、彼女はマリア・カラスと並び称される、同時代を代表する偉大なソプラノ歌手の一人として、現代の音楽評論家や演奏家たちからも重要な存在とみなされています。

ドイツ帝国領（現ポーランド）ヤロチンでギムナジウム教師の家庭に生まれたシュヴァルツコップは、幼少期から音楽に親しみ、歌のほかピアノやヴァイオリンなども習得しました。13歳で学内公演ながらオペラ（グルックの『オルフェオとエウリディーチェ』）の舞台に立っています。1933年、ナチス政権の台頭により、父が学校でのナチ党会議を拒否したため解職され、一家の状況が一変します。本来医学を志す可能性もあった彼女は、解職された教師の娘として大学への進学を断念せざるを得なくなり、音楽の道を本格的に選びました。

1934年にベルリン高等音楽学校に入学し声楽を学び始めますが、当初はコントラルトとして出発し、メゾソプラノを経て、後に高音を得意とするコロラトゥーラ・ソプラノへと転向しました。この声種転換には、著名な歌手であり教師でもあったマリア・イーヴォギュンの指導が大きく影響しています。彼女はまた、歌曲のクラスで表現の基礎を磨きました。

1938年、ベルリン・ドイツ・オペラでワーグナーの『パルジファル』の端役で公式デビューを果たします。芸術的な飛躍は1940年、リヒャルト・シュトラウスの『ナクソス島のアリアドネ』でのツェルビネッタ役での成功によってもたらされました。この公演でイーヴォギュンの関心を引き、彼女からソプラノや歌曲の個人指導を受けることになります。同年、彼女はドイツ・オペラハウスとの専属契約を得ますが、この契約の条件の一つがナチスへの入党でした。この入党経歴は戦後、彼女のキャリアにおける批判の的となります。彼女自身は必要に迫られてのことだと釈明しましたが、活発な党員であったかどうかも含め、その関係性は今日まで議論されています。

シュヴァルツコップの歌唱スタイルは独特で、単に美しい声に頼るのではなく、楽曲の細部にまで神経を行き届かせた精緻な表現と豊かな想像力を重視しました。特にドイツ語歌曲においては、言葉のニュアンスを深く掘り下げることを追求しました。その正確なイントネーションは、最盛期から晩年まで維持されました。

1942年、指揮者カール・ベームに認められ、ウィーン国立歌劇場と契約します。戦後、ウィーンでの活動を再開し、ヨーゼフ・クリップスやヘルベルト・フォン・カラヤンといった名指揮者たちとウィーン・モーツァルト＝アンサンブルを結成しました。1947年にはロンドンでのロイヤル・オペラ・ハウス公演に登場し、翌年公式デビューを果たします。また、1948年にはミラノ・スカラ座でリヒャルト・シュトラウスの『ばらの騎士』の元帥夫人（マルシャリン）を演じ、この役は彼女の生涯における最も重要な当たり役となりました。スカラ座には1950年のベートーヴェン『ミサ・ソレムニス』で正式にデビューし、1950年代には『コジ・ファン・トゥッテ』のフィオルディリージやストラヴィンスキーの『放蕩児の遍歴』の初演など、幅広い役柄で主役を歌いました。ザルツブルク音楽祭やバイロイト音楽祭にも出演し、カラヤンやヴィルヘルム・フルトヴェングラーなどとも共演を重ねました。1964年にはメトロポリタン・オペラにもマルシャリン役でデビューしています。ジョージ・セル指揮によるリヒャルト・シュトラウスの『4つの最後の歌』の録音（1965年）は、今なお伝説的な名盤として語り継がれています。

彼女のキャリアに決定的な影響を与えたのが、EMIのプロデューサーであり、フィルハーモニア管弦楽団の創設者でもあるウォルター・レッグとの出会いです。1946年にカラヤンを通じてウィーンで引き合わされ、レッグは彼女の歌声に感銘を受け、即座に録音契約を申し込みました。シュヴァルツコップ自身の希望による厳しいオーディションを経て契約が成立し、レッグは彼女のマネージャー兼音楽上のパートナーとなります。二人は1953年に結婚し、その共同作業を通じて、シュヴァルツコップはクールで洗練された、超越的な美しさを持つ独自の歌唱スタイルを確立しました。レッグの助言もあり、彼女は舞台でのレパートリーを厳選し、『フィガロの結婚』の伯爵夫人や『コジ・ファン・トゥッテ』のフィオルディリージなど、得意な役に集中する一方、EMIではオペレッタの録音にも積極的に取り組み、これらはレーベルの名シリーズとなりました。

1971年、彼女は『ばらの騎士』のマルシャリン役をもってオペラ舞台から引退し、以後は歌曲リサイタルに専念しました。1979年3月、チューリッヒで行われたリサイタルが、彼女にとって最後の公開演奏となりました。奇しくもこの日、夫ウォルター・レッグは重い心臓発作に見舞われ、数日後に亡くなりました。

レッグの死後、シュヴァルツコップは音楽教育者として活動を始め、マスタークラスで後進の指導にあたりました。自身に課したのと同じ厳しさを生徒にも求め、明瞭なアーティキュレーションやフレージング、声の完成度を徹底的に追求しました。その指導は厳格であると同時に非常に有益であり、クリスティアン・ゲルハーヘルやトーマス・ハンプソンといった著名な歌手を含む、500人近くの指導生を育てました。日本の声楽家、白井光子も彼女に学びました。マスタークラスの様子は何度か映像記録も残されています。

晩年はオーストリアで過ごし、2006年8月3日、90歳でその生涯を閉じました。彼女の遺骨は、夫レッグと共にチューリッヒ近郊の墓地に埋葬されました。ホーヘネムスにはエリザベート・シュヴァルツコップ博物館があり、彼女の遺品を見ることができます。

エリザベート・シュヴァルツコップは、その膨大なディスコグラフィーを通じて、モーツァルトやリヒャルト・シュトラウスのオペラ、そして特にフーゴー・ヴォルフをはじめとするドイツ歌曲の模範的な解釈を残しました。彼女は「リート歌手としての私の使命は、ヴォルフを歌うこと」と語るほど、リートに深い情熱を注ぎました。同時代のバリトン歌手、ディートリヒ・フィッシャー＝ディースカウとは、その理知的で技術的に完成された歌唱と広範なレパートリーにおいて、ドイツ声楽界の男女の双璧と称されました。言語表現への強いこだわりを持ち、外国語の歌唱には慎重な姿勢を示しました。多くの受賞歴や名誉称号を受け、「描写できないほど美しい」声を持つ最高の歌手の一人として、今なお世界中の音楽愛好家から敬愛されています。

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