オクシリンコス

オクシリンコス：古代エジプトの砂漠に眠る知識の宝庫

オクシリンコス（Oxyrhynchus）は、エジプトのミニヤー県に位置する古代都市の遺跡です。カイロから南南西へ約160km、ナイル川西岸の支流、バハル・ユセフ沿いに位置し、かつてはペル＝メジェドと呼ばれていました。アレクサンドロス大王によるエジプト征服後、ギリシャ風の都市として再建され、「オクシリンコス・ポリス（細長い鼻の魚の町）」と名付けられました。

オクシリンコスの名の由来

オクシリンコスという名前は、ナイル川に生息する魚に由来します。この魚はエジプト神話にも登場し、オシリス神の陰茎を食べたとされていますが、具体的にどの種類の魚かは特定されていません。モルミルス科の魚、特にエレファントノーズフィッシュが有力な候補とされ、オクシリンコスで発見された神聖な魚の像も、この魚の特徴を示していると言われています。

歴史

オクシリンコスは、ヘレニズム期には宗教的中心地として繁栄し、エジプト第3の都市となりました。キリスト教の普及とともに、教会や僧院が多数建設されましたが、ローマ帝国時代から東ローマ帝国時代にかけて徐々に衰退。641年のアラブ人によるエジプト侵攻により水路が破壊され、放棄されました。現在、遺跡の上にはエル＝バハナサという町が位置しています。

パピルス発見の背景

オクシリンコスの特筆すべき点は、大量のパピルスが発見されたことです。1000年以上にわたり、住民が砂漠にごみを捨て続けたことが、パピルスを良好な状態で保存する要因となりました。ナイル川本流ではなく支流沿いに建設されたため、洪水による被害を免れ、水路の干上がりとともに地下水位が低下し、パピルスは砂に覆われ、忘れ去られました。

ギリシャ・ローマ時代、オクシリンコスは地方行政の中心地であり、大量の公文書が作成されました。計算書、納税申告書、人口調査書類、行政・軍事・宗教関連文書などが、不要になると砂漠に廃棄されました。また、パピルスは貴重品であったため、再利用されることも多く、表面には農場運営の計算、裏面にはホメーロスの詩が書き写されているといった例も見られます。これらのパピルスは、当時の生活や文化を知る上で非常に重要な資料となっています。

発掘調査

1896年、オックスフォード大学のバーナード・グレンフェルとアーサー・ハントによってオクシリンコスの発掘調査が開始されました。当初、彼らは古典ギリシャ文学の傑作発見に期待していましたが、実際には公文書や私文書が多数発見されました。それでも、ソポクレスの戯曲の一部や、キリスト教の福音書など、一般の関心を引く発見もありました。

彼らは第一次世界大戦中を除き、生涯をオクシリンコスの調査に捧げました。1896年から1906年までの10年間は、毎年冬に数百人のエジプト人労働者を監督し、発掘作業を行いました。出土したパピルスはオックスフォードに送られ、 очистку、分類、翻訳、復元作業が行われました。1898年には、発見されたパピルスをまとめた最初の巻が出版されました。

出土品

オクシリンコスからは、ピンダロス、サッポー、アルカイオスなどの詩の断片、エウリピデスの「ヒュプシピュレー」の断片、メナンドロスの喜劇の断片、エウクレイデスの『原論』の最古の図など、重要なギリシャ文書が多数発見されました。また、キリスト教関連の文書としては、聖書正典には含まれない初期の福音書の断片や、「マタイによる福音書」、「マルコによる福音書」、「ヨハネによる福音書」などの断片が見つかっています。

特に、メナンドロスの喜劇は、オクシリンコスでの発見によって評価が大きく高まりました。彼の作品はヘレニズム期に人気を博し、その断片が多数発見されています。

現在の状況

オクシリンコスのパピルスに関する研究は、現在もオックスフォード大学を中心に続けられています。「オクシリンコス・パピルス」は71巻が出版され、紀元前4世紀から紀元7世紀のエジプト研究における基本文献となっています。今後も少なくとも40巻の刊行が予定されています。

現代の考古学者は、失われた戯曲の発見よりも、当時の社会、経済、政治を知ることに重点を置いています。オクシリンコスから発見された文書は、まさにその目的に適っており、エジプトやローマ帝国の社会史、経済史、キリスト教の歴史研究に大きく貢献しています。

ブリガムヤング大学との共同プロジェクトでは、マルチスペクトル画像技術を用いて、従来読めなかった文書の復元に成功しています。この技術により、パピルスに使用されているインクを識別し、判読可能な文書の量を大幅に増やすことが期待されています。

オクシリンコスは、古代の知識が眠る貴重な遺跡であり、その発掘と研究は、古代史の理解を深める上で不可欠な役割を果たしています。

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